ACT 10
やっと仕事が一段落したので、佐々木はお茶の稽古に顔を出すことにした。
昨日買ってきた「やさか」の菓子を持っていくことは、前もって淑子に伝えてあった。
その前に、オフィスで直子と味見をするべく箱を開けると、きれいな和菓子が品よく並んでいる。
抹茶と茶碗、茶筅に茶こし、茶杓のワンセットは、たまに二人で飲むためにオフィスにも置いてあった。
淑子に知れたら、茶道を嗜むものが茶箱くらい用意しなさい、とでも怒られそうだが、まあ、オフィスで飲むくらいならお湯はポットでいいし簡単に用意できた方がいいというのが、直子と佐々木の共通した意見だった。
ただし、抹茶は濾さないとかたまりがあって、うっかり飲んだ日には苦い思いをしなくてはならないので、茶入れや棗より、茶こしは必須だ。
「うっわー、この栗きんとん、絶妙!!」
直子が一口かじって声を上げた。
「今の時期、これは外せへんな。こっちもいっとく?」
「こっちは食べるのもったいないくらいきれいね~。紅葉をモチーフにしてるけど、何ともいえない味わい深い色よね。名前が唐紅って、もう京都人よねぇ」
ひとしきり感心してから、直子は唐紅をほおばる。
「練きりの紅葉に包まれたこしあんがほんとに品のある甘味なのよね。しかも佐々木若先生の手ずからのお茶をいただくなんて、番町にいて嵐山を見る、ってとこ?」
佐々木は点てたお茶を直子に差し出しながら笑ってしまう。
「直ちゃん、食レポはええから、どうぞ」
「頂戴いたします」
直子は神妙な顔になり、茶碗の正面をずらして茶碗を口に運ぶ。
自服で茶を飲み、佐々木はふと、昨夜見ていたネットのことを思い出していた。
関西タイガースと在京球団合同でファンイベントが近日あるらしい。
そのイベントには沢村も参加することになっていた。
そういえば、俺、沢村の試合見たこともなかったんやな。
一度くらい見ておけばよかったと思うが、いまさらだろう。
沢村からもあれから連絡がない。
忙しいのか、いよいよあいそつかされたんかもな。
滅多に佐々木から連絡を入れたこともなかった。
イベントて、誰でも見にいけるんやろか。
佐々木は目の前の直子に聞こうとして、やめた。
直子はもともと野球ファンだから、きっと色々知っているだろう。
だが、何か勘繰られるような気がして、佐々木は口を噤んだ。
「おう、周平か、どうした? お前んちのばあ……いや、オフクロさんならテーピングでOKだぜ。まあ、あと一週間くらいかな」
直子が佐々木家に向かった後で、稔に電話すると、佐々木が何か言う前に淑子の足のことを捲し立てた。
「ああ、それはもう見ていてもわかる。おおきに。おかあちゃんのことはええんやけど、稔さん、確か野球ファンやったやろ?」
「おう、東京だからってジャイアンツだとか思うなよ? こちとら生え抜きのスワローズファンだからな」
「わかったわかった。実は、その、今度仕事で野球関係やねんけど、ファンイベントとかあるやろ? 見学とか、できるん?」
佐々木は適当な理由をつけて尋ねた。
「ったりまえだろ、ファンイベントってから。行くのか?」
稔が聞き返した。
「あ、ああ。明後日の祝日、神宮球場で、何球団かの合同イベントがあるらしいんや」
「お、そうか、神宮なら、それ、確かチケットあったぜ。大学の後輩が神宮にいてよ、毎年年間チケット買わされるんだ。そいつついでにファンイベントもきっちり送ってくれるからよ。おお、久しぶりに行くかあ」
「え、稔さんも?」
「ったりめーだろ! ちゃんと二枚、かなり選手とかかぶりつきで見られる内野席送ってくるからな。燃えるな、試合じゃなくても」
稔はすっかり行く気になっている。
まあ、いっか。
「ほな、頼むわ。そういうイベントとか、要領わからへんしな」
「よおし、ちゃんとスワローズのキャップ持ってってやる。お、そうだ、津波黒ジャケットもあったな」
「あ、いや……」
そういうのはと言いかけて、佐々木はまた、ま、いいかと思う。
人ごみで俺のことやなんかわかれへんやろけど、ジャケットや帽子とかあれば、その方がええか。
九時に迎えに行く、と言って稔は電話を切った。
野球が嫌いなわけやない。
だが沢村はそう思い込んでいる。
佐々木がゲームを見に行きたいともいわないので、遠征先に来ないかとは誘うのだが、ゲームに誘おうとも思っていないようだ。
それも今更か。
けれど、イベントではあっても、遠くからであっても、沢村の顔が見られるだろうことに、佐々木は気持ちが高揚しているのを笑った。
back next top Novels
