「そうそう。工藤さんに急に原作者に会わせるって言われて、このオフィスに来たら、千雪さんがいて、あたし、初めはてっきり俳優さんかモデルさんだと思ったんだ。そしたら原作者だって言うでしょ? もうびっくりよ」
万里子は明るく笑う。
「ですよね~、あれは詐欺だ」
良太もうんうんと頷く。
「あ、それでね、ロケしていた場所のすぐ近くに高校があってね、もう、放課後だったのね、野球部がすぐ近くで練習してて。今の映画、高校時代の野球少年の彼っていう映像が割と出てくるもんだから、思い出したんだけど、ちょうどフェンスの近くに工藤さんが立ってて、撮影を睨み付けてたの」
「そうそう、あの人、睨んでなくても睨んでる顔してますもんね」
したり顔で良太は言った。
「その時ボールが飛んできて、工藤さんの近くに転がったのよ。すぐに野球部員の子たちが走ってきて、工藤さんに、すみません、って声をかけるんだけど、工藤さん、撮影のクルーさんをどやしつけてて、聞こえてないのよ。私、ちょうど休憩してたから、ボール取ってあげようと思って近づいたら」
へえ、と万里子の話を聞いていた良太だが、何だかそのシーンが頭に浮かぶようだった。
「野球少年の一人が、すみません、ボール取ってください、って大きな声で叫んだのよ。やっと工藤さん気が付いて、振り向いて足元のボールを投げてやったんだけどね」
よほどその時のことがおかしいらしくまた万里子は笑う。
「そしたら、ボールを受け取った野球少年が、帽子を取って、ありがとうございました、って言ったあとに、一緒にいた子に、なんか、すっげー鬼みてぇな顔で睨んでたぜ、あのオッサン、って。もう私おかしくて笑っちゃって、まだ覚えてる」
良太は万里子の話を聞いているうちに、妙な感覚に襲われた。
「工藤さんもしっかり聞こえてたみたいで、余計に眉間に皺寄せちゃって。まあねえ、十五や十六の子たちからすれば、アラサーとか、オッサンなんだと思うけど、あの頃の工藤さん、メチャもてだったのにね~」
アハハと笑う万里子に、良太も笑って見せるが、妙な感覚はさらに強くなる。
えええと、何で、俺、こんなに鮮明に、工藤の顔が目に浮かぶんだ?
「……そのロケって、川崎とかじゃあなかったですよね?」
良太はちょっと万里子に確認してみた。
「うーん、それがよく覚えてないのよね、回想シーンで、あ、でも映画を見ればわかるかもだけど、ちょっと恥ずかしくてあの頃の自分の演技とか見られないの」
高校生って可愛いわよね~などと鈴木さんと笑い合っている万里子は、今年三十四歳、青山プロダクションの嘱託カメラマン井上と結婚して、一層演技にも美貌にも磨きがかかったという評判もある。
演技というより自然体のナチュラル感が年齢を問わず好感を与えているようだ。
「十年前………」
一方、妙な感覚から抜け出せない良太は、一人呟いた。
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