鈴木さんをはじめとして社員たちはもうあの事件のことにはもう触れたくもないのだろう。
が、時折、平穏無事って何よりね、などと呟いている鈴木さんを見ると、工藤自身も心の内では確かに、と頷いていた。
勾留されている間には、世の中を冷ややかに見降ろしていたかつてのギスギスしていた自分に戻りかけた。
だが、戻り切らなかったのは、社員たちが懸命に自分のために動いてくれていると小田から聞いたことがあった。
それに何かにつけて、気を張っていても心のうちでは悔し涙を流している違いない良太を思うと、結局世の中を捨てられなかったのだ。
フン、良太のお陰ってか?
口に出したりはしないが、そんなことを思う。
麻布住吉に電話を入れると、快く二人の席を取ってくれた。
戻り鰹の向付、秋鮭のかぶら蒸し、焼き松茸、和牛のしゃぶしゃぶと、向かいで健啖ぶりを発揮している良太を見ながら酒を傾ける工藤は、案外、良太の選択はよかったじゃないかと思う。
大抵、最後のデザートは良太にやるのだが、栗きんとんというシロモノに少し心惹かれた。
子供の頃、曾祖母が作ってくれた栗きんとんは絶妙だった。
煮た栗を裏ごしし、茶巾で絞るように形を整える。
一緒に出された抹茶はまだ子供で苦手だったが、あの栗きんとんは、どんな菓子職人の菓子にも劣らない気がした。
工藤が知る数少ない家庭の味だった。
いつものように、栗きんとんの乗った皿を良太の方へ押しやったものの、一口くれ、と黒もじで割った。
「珍しい、栗きんとん、好きなんだ?」
良太がほんとに珍し気に工藤を見た。
「たまにな」
押しつけがましくない甘みはプロの味だ。
「うまあ」
良太はほんとにとろけそうな顔でパクっと食べてしまう。
「ガキの頃、俺を育てたひいばあさんが秋になると、庭に落ちた栗で作ってくれたのさ」
「すんげ、こんな上品なもの作れるんだ? うちの母親なんか、プリンとかケーキくらいは作ってくれたけど、こんなのぜってぇ無理!」
あっという間に平らげてお茶を飲む良太を工藤はフンと鼻で笑う。
「まったくお前はしあわせなやつだな」
「何だよ、それ」
眉を顰める良太の百面相は可愛いかも知れない。
などと思ってしまい、工藤はまた自嘲した。
比較的ゆっくりしてから店を出ると、空には下弦の月が浮かんでいた。
満ちるには遠いが、今夜は空気が澄んでいるのか光が強い。
そんな月は燻る情を獰猛に煽り立てる。
シャワーを浴びている良太を強襲して、工藤は溶けかけた良太を弄り、いいように泣かせた。
良太は唇を閉じることもできずに、ひたすら中で蠢く工藤を従順に享受した。
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