「何せ、局時代はすごかったからな。いや、今も彼女の一人や二人、いるんだろうが、身を固めたりする気はないのか?」
紺野はからかい半分、そんなことを聞いてくる。
「俺はムリですよ」
「それだ。お前は自分からシャットアウトしてしまってる。血縁といってもほぼ無関係なんだし、お前はお前だろう」
「それでもやはりね。社員を募集しても事実を話すと大概回れ右で帰っていくんで、募集するのもやめましたから、万年人手不足なんです」
工藤は淡々とした口調で言った。
「それと結婚とはまた別だろう。まあ、今はこんなことを言うとハラスメントとか言われるようだが、俺はお前が心配なんだよ。そういう相手はいるんだろう? 今度紹介しろよ」
「残念ながら。それより奥様はお元気ですか? 浮いた話一つもなかった紺野さんが、突然若い売れっ子の美人女優を射止めて、みんなに羨ましがられて」
紺野は笑った。
「ああ。何とかやってるよ。息子は今、十歳になった」
「そうですか。年を取るはずですね、俺も」
工藤の携帯が鳴ったのはその時だ。
「失礼」
工藤は店を出て、軒先で電話を受けた。
「工藤だが」
相手は知らない男だった。
「すみません、下柳さんのスタッフですが、下柳さんから伝言を預かってまして」
「伝言?」
「実は下柳さん、今外に出ていて携帯をどこかに忘れたとかで、今夜の待ち合わせの場所を変えたいって、スタジオの受付に電話をしてきたみたいで、受付の子が工藤さんに伝えてほしいと」
八時にバー『ブラン』で下柳と待ち合わせていたのだが。
「どこだ?」
「セントラルハイアットホテルの四階の、スマイルってことです。時間は八時で」
「わかった」
工藤がそれ以上何か言う前に携帯は切れてしまった。
あいつはやたら携帯やらなにやらどこかに置き忘れる。
下柳の顔を思い浮かべながら店に戻ると、「そろそろ行くよ。今夜はおごり」と紺野が言った。
「これからロケでね」
「すみません、紺野さん。今度は俺がおごりますよ」
時間にも厳しい紺野は、じゃあ、とさっさと店を出て行った。
工藤が店を出た時は、七時半を回ったところだった。
歩いていけば約束の八時前には着くだろう。
夜になっても気温が下がらない六本木は人通りが途切れることはない。
人種も国籍も違う人間たちが集う街には、またそこここにいろんな連中が屯している。
もう二十年来この街と付き合ってきた。
それにしても珍しいな、ヤギがホテルのバーとは。
ドアを開けると、客はまばらだが『スマイル』はジャズピアノが小気味よく流れる、静かなバーだった。
工藤はカウンターに座り、マイヤーズをロックで頼んだ。
まだ八時前だから、下柳はあと二十分は来ないだろう。
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