「ほえ~、さっすが、勝っちゃん、動物好きが高じてもう動物学者かあ。ま、それは置いといてもよ、お前って何でも卒なくこなしそうなくせに、大事にしたい相手にはてんで二の足踏み過ぎンだよ。志央のことだって、何で鳶にあぶらげさらわれる前にモノにしちまわなかったよ? 勝っちゃんのこともお前が車を交換条件に見張っとけなんて言い出したときは何の気まぐれかとも思ったし、勝っちゃんを知れば知るほど、お前が勝っちゃんを志央の身代わりにしたいんなら許せねぇってだな」
「だからマジだっつってっだろ!」
むきになる幸也をドウドウと押さえながら、武人はにやにや笑う。
「要は、つまり、山小屋以来ひょっとしてヤラせてもらえてないってわけ?」
肯定するのも面白くない幸也は、くわえた煙草を無闇にふかす。
「あっ、お前、山小屋でとんでもないキチクなマネしたんだろ?!」
「するかっ!」
「てことは、そうだな、まあ勝っちゃん次第ってことだな」
「……………………勝浩次第ね」
ふうっと大きく煙とため息を一緒に吐いて、幸也は呟いた。
「せいぜい勝っちゃんに嫌われないようにがんばりたまえ」
幸也のマンションの前までくると、武人はぽんぽんと幸也の肩を叩く。
「チクショ、面白がってんな、てめ!」
停めたタクシーに乗り込む前に武人は笑いながら幸也を振り返り、「まあ、七ちゃんに気持ちが動いてるってことは、ないと思うけどね、俺は」と言い残して去った。
幸也はそれに応えることもなく、エントランスからエレベーターホールに歩いて自分の部屋へ向かう。
数年前に建てられたマンションは外国人入居者が多く、そのほとんどが企業の借り上げだ。
その空間の広さや、地下鉄表参道駅にも近くて大学に通うにも便がいいことは、幸也も気に入っている。
大学の合格祝いという名目で、兄が結婚して新しい家族が増えたのを機に父親が幸也に買い与えたのは留学するちょっと前のことだ。
メゾネット式3LDKのいわゆる超豪華億ションであるが、留学してほとんどボストンに暮らしていた幸也がこの部屋に落ち着いたのはつい最近のことだ。
元外相である祖父の二人の息子たちは、よくある二世議員の道を選ばなかった。
長男は旧家の出である母親から遺産だけでなく、その実家が経営していた貿易会社を引き継ぎ、傾きかけたところを盛り返して、今や財界では押しも押されもせぬ商社社長である。
次男は大手出版社社長の娘と結婚し、今はその社長を務めている。
長男が幸也の父であり、次男は武人の父だ。
ここでどうやら政治の世界に手腕を見出されたのが、元外相には孫にあたる幸也の兄である。
祖父の秘書を務め、いわゆる三世議員などと揶揄されながらも近年若手衆議院議員として活躍している。
父が経営する商社でバリバリ才覚を表したのは政界にも財界にも全く興味のない作家の夫を持つ幸也の姉で、若くして取締役に名を連ねている。
ともあれ、学者の道を歩み始めた末っ子の幸也にせよ、長谷川三兄姉弟は経済的にも何不自由なく大らかに育ったわけで、どちらかというと金銭感覚が庶民とは大いにずれまくっていることは幸也も自覚している。
だがそれがいったい何だというのだ。
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