「あら、ようやく決めたのね、幸也。かわいい勝浩をさらわれないように気をつけなさいよ。タケとかあぶなそー」
勝浩は怒りと羞恥に真っ赤になってその場から必死で逃げ出した。
「おい、勝浩、待てってば」
ハイキングコースをユウと歩いていても、勝浩はぷりぷりしている。
が、どうかすると転びそうになるのを気づかれまいとしている勝浩が、幸也は可愛くて仕方がない。
「ったく、恥知らずもいいとこだよ」
「いいじゃん、嬉しいから。勝浩は嬉しくないのか?」
もちろん、勝浩としても嬉しくないはずはない。
「だからって、言っていいことと悪いことがあるでしょ」
「俺はみんなに宣言してもいいんだが」
「…………とりあえず、やめてください、それだけは」
ムッとしたまま勝浩は言った。
「わかった。じゃ、今夜はうちで、どう?」
「は?」
勝浩はうっかり振り返ってしまった。
「俺の部屋、来たことなかっただろ? 何ならお前んちの傍に引っ越そうかな、いつでもできるぜ」
何ができるって、なんて聞くまでもない。
負けず嫌いの勝浩は幸也を置いて、ユウととっとと先へ行くのだが、身体がぎくしゃくするのをかろうじて堪えていた。
以来、まともに勝浩が口を聞いてくれないので、幸也は下手に出て、運転してみる? なんて言ってしまったのだ。
それが失敗の元。
少なくとも平坦な道に入ってからにするべきだった。
「う、わっ! 勝浩、もちょっとブレーキ踏んで! な?」
「大丈夫ですよ、これしき。間違っても地獄でまた会えますよ、きっと。でも左ハンドルは初めてだからな」
「かつひろぉ??!」
勝ち気な勝浩のことだ。ここで根をあげるなんてあり得ない。
「地獄でデートってのも、まあ、いいかなー、勝浩となら」
「やですよ、そんなの」
すかさず勝浩は断言する。
「勝浩、めちゃ冷たい?」
「いつもの俺です」
「このやろ、俺を甘く見ると、ここで押し倒すぞ」
「そんなことしたら、マジで地獄行きですからね。ユウが怒ります」
勝浩はバックミラーで後部座席にシートベルトで固定しているケージの中のユウを心配そうに見やる。
それでも唇を尖らせている勝浩がとにかく可愛い。
勝浩がここにいることだけで嬉しい。
「そういえば、前にライター返した時、何か慌ててましたよね? 何かあったんですか?」
「な、何、そんな古い話、今頃。何にもあるわけないさ」
いきなり、蒸し返された話題に、幸也はうろたえる。
こっそりキスしたなんて言ったら、また勝浩、怒るよな。
そう、月には見られたかもしれないが。
幸也は心の中でだけ呟いた。
「そうだ、今度、月に連れて行ってやるからさ、機嫌直せ」
ほんとに行けたらいいな。
そんなことを考えただけで、勝浩は何だか楽しくなる。
「いいですね、それじゃ、月で一杯やりますか」
「いいねー。しかし、そういや、美利ちゃんのことはどうなったんだ?」
「え」
フェイントだ。
「アタックしてみるとか言ってたよな」
「あれは、その……」
悔しいから言ってみただけなのだとは今更言いにくい。
「勝浩くん、俺はあれを聞いて、お先真っ暗になったんだよ」
幸也は勝浩に抱き付かんばかりに近づいてくる。
「わっ! 幸也さん! それ以上くっついたら、放り出しますよ」
「あ、今どさくさに紛れて、幸也って言った?」
嬉々として、幸也はハンドルを握る勝浩の横顔を覗き込む。
「間違っただけです、長谷川さん」
「な、いいからもう一度言ってみ?」
何にせよ、道中無事で家に辿り着く、というのが、今現在、二人の課題である。
- おわり -
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