「勝浩、そろそろ終わる? 俺、この辺で切り上げるけど」
後ろの席で煙草をいじっていた検見崎が声をかけてきた。
最近自分の部屋以外喫煙可能な場所を探すのすら困難になってきたのだが、癖でつい手にしてしまうのだ。
時計の針は午後九時を少しまわろうとしているところだった。
「うん、もう少し。いいですよ、検見崎さん、先に帰ってください」
画面に見入ったまま答える勝浩の仕事は、ここ光榮社「the あにまる」編集部から発信されるWEBサイトの制作だ。
もともとこの編集部で既に編集の仕事に携わり、ページも持っている検見崎は、仕事が忙しすぎたお陰で一年留年しているが、その実績を見れば、フリーならプロとして十分やっていけるものだ。
当然本人は卒業後は編集の仕事に進むつもりらしい。
「卒業できなくてもね」
「この大甘ヤロウめ! お前、父親が新洋社社長だから、いつでもいくらでも社員になれると思ってるな?」
いい加減なことを言う検見崎の言葉を聞きつけて、橋爪編集長が意見する。
橋爪は十年前、光榮社に移籍した元新洋社の社員だ。
財政難に頭を抱え、時々爆発して、やたらめったら怒鳴り散らすことはあるが、割と柔軟な考え方の持ち主である。
「俺はフリーでやるの。社員なんて堅苦しいこと、できるか」
「ばーか、下積みも経験しないで、フリーなんて、えらそうなこと言うんじゃない」
口をへの字に曲げ、丸めた雑誌で検見崎の頭をぽかりと叩く。
「ってーな、パワハラ! あのね、そうゆう古臭い日本人的発想が、若い連中の自由な意識の邪魔をしてんの。わかる?」
「わかった風なことを。ああ、もう、いいから帰れ。入稿、終わったんだろ」
勝浩は、会社は小さくても、この「the あにまる」という雑誌の、動物の真実を、動物の目線から見て伝えようという主旨が気に入っていて、検見崎からバイトに誘われたときすぐに承諾した。
仕事も面白くなってきている。
「俺は、勝浩くんを待ってんの」
検見崎がぶーたれているうちに、勝浩はファイルを保存し、パソコンの電源を落とす。
「お待たせしました」
「おう、帰ろ、帰ろ、とっとと帰ろ」
たったか小走りに編集部を出ると、検見崎はエレベーターの下りボタンを押した。
「髭面のくせに、ガキみたいなんだから」
検見崎の車のサイドシートにおさまってから、勝浩はボソリと呟いた。
「ちゃー、勝浩に言われちゃ、おしまいだぁ」
「俺のどこがガキなんです?」
光榮社のある神楽坂から車は早稲田通りに入る。
そこから目白台の勝浩の部屋までたいしてかからない。
「だって彼女とディズニーランド行って、お泊りしてないっしょ?」
「だから、彼女じゃありませんてば」
検見崎は煙草をくわえ、ふーん、と疑わしそうに勝浩を見る。
「ほんとに彼女、いないの?」
「いません」
「じゃあ、明後日の飲み会来るよな?」
「ええ? やですよ」
即答する勝浩に、尚も検見崎が詰め寄った。
「どうして?」
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