ひとことでいいから1

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 九月に入ってからもとても秋とは思えない猛暑が続いていたが、広瀬良太の仕事はぐんと忙しくなった。
 野球、サッカー、バレーボール、テニス、ゴルフと、スポーツイベント目白押しのシーズン、プロデューサーとして名を連ねているスポーツ情報番組もあれもこれもと非常に慌しい。
「広瀬くん、沢村選手の方は、よろしく頼むよー。君が頼りだからねー」
 良太がプロデューサーとして携わっているNTVのスポーツ番組『パワスポ』の打ち合わせで、ディレクターの殿村に念を押され、良太は、はあ、と苦笑いする。
 オールスター前から、ぶっちぎりで勝ち続けてきた関西タイガースのリーグ優勝も秒読み段階に入っている。
 優勝チームのどの選手をどのくらいの時間確保できるか、は各放送局、各スポーツ番組にとて重要な問題なのだ。
 その関西タイガースの四番打者、沢村智弘と良太は、向こうから声をかけてくるほどの、『ちょっとした』知り合いだとスタッフに知れてからは、スタッフからの良太の扱いが少々変わった。
 実際この夏、マスコミ嫌いで滅多にテレビなどにも出ないという定評の沢村が『パワスポ』出演に応じ、しかも密着取材までOKしてくれたというその事実が、駆け出しのひよっこプロデューサー良太の株を急上昇させたわけである。
「お前次第で、番組の存続にもかかわってくるんだからなー、せいぜい、沢村のご機嫌とるんだな」
 ライターの大山はそれでも、いつもどおりの嫌味をかましてくれる。
 くそー、そうそう俺ばっかりにいい顔してくれるわけないだろーが。
 心の中ではぐちぐち言いつつも、仕事であるからには、トコトン沢村に取り入るしかないか、と良太はため息をつく。
 リーグ優勝のあとはクライマックスシリーズ、日本シリーズと続く。
 さらに今年は、日本のプロ野球を代表する豪腕ピッチャー松本が大リーグに渡ったせいで、日本の大リーグファンもぐんと増えた。
 春先はそのためにTV業界も大リーグ大リーグで大騒ぎだったのだが、十八年ぶりの優勝を目前にして今もっと熱いのが関西タイガースだ。
 経済効果さえ左右するその勢いは未だとどまることを知らない。
 大リーグにしろプロ野球にしろ、野球のことなら良太自身にとっても、気にならないではいられない。
 プロを夢見ていた野球少年の良太が、少年野球時代、高校、大学まで、一番の宿敵だったのが実は沢村だ。
 だが、大学を卒業してからは二人の道は完全に分かれた。
 今では片やプロ野球屈指の四番打者、片や芸能プロダクションの何でも屋だ。
 ただし、希望して選んだ仕事ではなかったにせよ、良太は後悔していない。
 どころか、少しでも敏腕プロデューサー工藤に近づきたいと、日夜研鑽に励んでいるわけである。
 
 
  
 
 オフィスのドアが開くと同時に、生ぬるい空気が流れ込んできた。
 ここのところ不安定な温暖化の影響で、長い夏が続いている。
「いつまでも暑いわねえ。おはよう、良太ちゃん」
「おはようございます。鈴木さん」
「だって、秋はまだまだ先みたいよ、外は」
 額の汗をハンカチでぬぐうと、鈴木さんはキッチンの横のロッカー室に向かう。
「でも、明日から少し気温下がるみたいですよ」
 寝ぼけまなこで良太は自分のパソコンに向っていた。
 乃木坂にあるここ青山プロダクション。
 テレビ番組、映画の企画制作プロデュース及びタレントの育成とプロモーションが主な業務内容である。
 社長秘書兼プロデューサーが一応、良太の肩書だ。

 


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