「あいつ、いいとこのボンボンだから、昔から我侭だったんですよ。で、義理は最低限にするから、優勝したら一緒に祝杯あげようってことになって」
良太が言うと、工藤はじっと良太を見た。
「一緒に飲むのはいいが、羽目をはずしすぎるなよ」
次の言葉を待っていた良太は、なんだ、と心の中でぶーたれる。
「明日は朝イチで大阪だ。お前ももう切り上げて、遅れないように頼む」
工藤はそれだけ言うと、とっととオフィスを出て行く。
「なんだよ! 工藤のバカヤロ!」
良太はドアが閉まった途端、思わず喚いた。
駐車場に置いてあるベンツのドアを開けると、工藤はエンジンをかける。
最近、良太と話していない、とは、工藤も思っていることだった。
なにせ、忙しい。
忙しい上に、次から次へとトラブルが発生し、タレントは我侭をやり、工藤は機嫌が悪いことこの上なかった。
そういう時、自然と無口になる。
ヘタに口を開くと、当り散らしそうだからだ。
煩いだけのクソオヤジになり下がるのを辛うじて抑えたのだ。
その上に先日殿村から、良太が沢村と親しいらしい、という話を聞いた。
しかも、夏に大阪に行った折、何と沢村が酔った良太をホテルまで送ってきたというのである。
かなり親しくもなければ、現役のトップを走る四番打者が、わざわざ安ホテルの良太の部屋のあるフロアまで送って行ったりはしないだろう。
さっきの携帯のようすからも、それは窺える。
良太の話からすれば、ガキの頃からのライバルだったというが……
同学年で野球を通しての知り合いとなれば、確かに話も尽きることはないかもしれない。
良太のことになると、あまりにもバカバカしい想像に走ってしまう自分に、工藤は呆れている。
「明日帰ったら、久しぶりに飲みに行くか」
良太と。
工藤はそんなことを口にしながら、ハンドルを切った。
オフィスの灯りを消し、ドアに鍵をかけてから、良太はまた一つため息をついた。
「あーあ、さっき言えばよかったのかな、工藤に」
良太は思わず呟いた。
「たまには飲みに行きましょうって」
そうだな、工藤が帰ったらそう言おう。
そう心に決めて、エレベーターのボタンを押した。
翌日の夜、良太は、工藤の帰りを今か今かと待っていた。
「迎えはいい、プラグインの藤堂の車でこれからスポンサーのところに顔を出す」
そんな電話が入ったのは、午後七時。
CMにも小笠原を使うので、最近、工藤は藤堂とちょくちょく会っている。
ちぇ、と良太は口をへの字にして、受話器を置く。
「今日もふられちまったい!」
ふてくされて自分の部屋に戻り、ナータンにご飯をやってから、遊ばせていると、携帯が鳴った。
「工藤…?」
ベートーベンの運命は工藤用の着メロだ。
本人に聞かれることはないが、聞かれたら何かしら文句を言われそうだ。
「はい、お疲れ様です」
こんな時間に、また何、厄介なことをやれってんだ?
と覚悟した良太に工藤が言った。
「前田の店にいるが、来るか?」
「行く、行きます!」
思いきり張り切って答えてしまって、良太は自分で、嘘のつけないやつ、と突っ込みを入れる。
それでも、工藤と二人で酒を飲むのも久しぶりだから、良太は嬉しい。
「俺の言葉が聞こえたかな?」
良太はジャージを脱いで黒のTシャツとグレーのセットアップに着替え、「ナータン、ちょっと出かけてくるからね」とナータンの頭を撫でて、ウキウキと部屋を出る。
ほんとは、一緒に酒を酌み交しているだけでもいいのだ。
煙草吸い過ぎですよ、とか、ひとことくらい口にして。
それだけで。
路地を曲がり、地下へと続く階段を降りると、良太は『OLDMAN』と書かれた重い木のドアを押した。
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