いつかそんな夜が明けても9

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    ACT 3
 

「帰ったか」
 工藤は窓から覗いて良太の乗った車らしい影が車道に滑り出していくのを見下ろした。
 マンションのエントランスは誰もがエコを提唱するこのご時勢に必要以上に明るく、工藤は無駄なエネルギーの消費だと管理会社に文句のひとつも言おうと思っていたのだが、今度ばかりはその無駄な明るさに感謝した。
 いや、それより良太を帰したあとで、にわかに良太のことが心配になったのだ。
 冗談ではなく、良太が襲われる可能性だってあるわけだ。
 うっかりここまで運転させてしまったが、タクシーにすればよかった。
 そうさせてしまった自分を悔やみ、慌てて携帯を鳴らしたのだが、とりあえず良太は無事のようだ。
 工藤はすぐにまた電話を取り、会社の警備員を呼び出すと、良太が着いたら、一緒に部屋まで行ってくれるように言った。
 警備会社は先ほどの暴漢の件で、今夜は二人体制で警備するという。
 工藤に怪我を負わせ、暴漢を逃がしたことに痛く責任を感じているようだ。
 何かあったら携帯に知らせてくれるようにと頼んで電話を置くと、工藤は思わずふうっと大きく息をついて、ソファにもたれかかる。
 だが、予断は許さない。
 相手は何を考えているかわからない連中だ。
 組関係だろうとは想像するに難くない。
 以前、千雪を襲ってきたやつらと同じだろうか。
 良太には話したことはないが、昔、ちょうど千雪の原作の映画化でかなりの手応えをつかみ、第二弾『かぜをいたみ』のプロモーションも順調で悦にいっていた頃のことだ、やはり組関係の無鉄砲な下っ端に襲われ、腹を刺された。
 油断していたのだ。
 生憎良太は出かけていたし、傷は浅いと思われたが、風評を考えてそこしかないだろう加賀医院にどうやって行こうかと考えあぐねていたところへ、千雪がひょっこり現れた。
 救急車を呼ぼうとする千雪を押しとどめ、加賀医院に連絡を取らせた。
 すぐに連れて来いという加賀に、青ざめた千雪はそれでも工藤の車で加賀医院まで飛ばした。
 一見して無精ひげのそれこそどこぞの組の者だと言っても遜色ない風貌だが、加賀は東京医科大学を卒業し、そんじょそこいらの医者とは一線を引くほどの腕の持ち主だった。
 大学に残ることを薦められながら叔父の病院を継いだという。
「あんたが、中山会のオヤジの甥っ子かい。こりゃまた、派手にやられたな。早けりゃ全治一週間ってとこか?」
 初めて加賀に会ったのは、昔、やはり組関係の若い連中とやり合って足を怪我した時で、工藤は平造にこの医院を教えてもらったのだ。
「平造じいさんとは切ってもキレネェ間柄でね」
 二部屋ほどしかない病室で、加賀が背中をさらして見せたのは、不動明王の怒れる姿だった。
「俺の親父は平造じいさんの弟分だったが、どうしようもないやつでとっとと喧嘩沙汰であの世にいっちまったし」
 申し訳のように窓を開けて加賀は煙草を燻らせた。
 背中の彫り物については大学にはひた隠しにしていたが、現在やってくる患者といえば、裏家業の者や夜の蝶などが多いという。
 工藤は加賀の飄々とした生き様を思い描きながら、ふっと眠気が襲ってきて目を閉じた。
 それからさして時間は経っていなかったろう、ドアチャイムが鳴った。
 まさか、良太が帰ってきたのか?
 漠然とそんなことを思いながら、ドアフォンではなくチャイムなのが工藤は気になった。

 


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