弱い犬ほどよく吠えるもんだなどと、京助は胸の内で自嘲する。
だが、ここで情けをかけるつもりなど毛頭ない。
でなければ土壇場できっとこの男に持っていかれる。
「お前が守るべきはうちにいる奥さんだ。誰でもない、お前が決めたことだ、そうだろう?」
しばし二人は睨み合った。
京助には怯むつもりはなかったが、先に視線を外したのは研二だった。
「帰ります」
あっけなく研二は白旗を揚げたかに思われた、その時。
「けど、俺はいざとなったら、何もかも捨てる覚悟はとうにありますよって」
じっと京助を見据える研二の目は、清清しくさえあり、京助は思わず息を呑んだ。
「研二? もう、帰るん?」
その時、ドアが開いて出て来たのは千雪だった。
「おう、久しぶりに元気そうな面拝めたからな」
「お前こそや。せや、予定日近いんやったな? 奥さん、大事にしたり」
優しい笑顔とは裏腹に、研二の拳が再び握られるのに気づいたのは京助だけだった。
「ほならな」
「ああ、またな」
研二は千雪の顔をしっかり見つめてから、門へと踵を返す。
「あ、雨強なったで、研二、傘……」
「走って帰る」
千雪の声を背中で遮るように門まで研二はゆっくり歩いた。
門を出たところで、しかし、研二は立ちつくした。
「………千雪……」
搾り出すように口にした呟きは、誰に届くこともなく雨の中に吸い込まれた。
