階段を降りていくと、玄関ホールに人影が見えた。
「あら、早いじゃない、千雪ちゃん」
理香だった。
ブランド物のパンツスーツを着た彼女は、大きな壺に花を活けているところだった。
花だけではなく、この季節の大きな枝ものがダイナミックに入り、まさに生きたアートである。
「理香さん、ほんまに華道家やったんですね」
「やっとわかっていただけたわけ?」
「そうかて、飲んだくれてるとこしか逢うたことないし」
「言ってくれるじゃない」
「お互い、口が悪いのだけが取り柄ですやろ」
フン、と理香は笑い、最後に大きなカンナを入れると、鋏を置いた。
「カッコええ花ですね」
「どうも。今度、カッコええ華道家で小説に出してよ」
「考えときます」
遠くから見てもこの重々しい建物の空間に映える美しさだ。
華道家と自称するのは伊達じゃないようだ。
しかし家元の家に生まれ育つなど、傍から見れば厳しそうで窮屈極まりないように思えるが、理香はうまくバランスを取っているようだ。
おそらく厳しい鍛錬も乗り越えてきたのだろうが、奔放な性格が功を奏したのかも知れない。
リビングの時計は七時を少し回ったところだった。
朝靄の中を歩きながら、千雪は別荘から出て少し散策した。
別荘から出るのも歩きだと時間がかかる。
理香や速水らに強襲されたにせよ、まあ、たまにはこんなのんびりした休日を過ごすのもいいものだと思いつつ、昨夜の、唐突にフラッシュバックのような感情の昂りには自分自身驚いた。
ネットの受け売りだが、悲しみは抑えない方がいいらしい。
速水もひょっとして気になったから来たとか?
いやいや、あの速水がそんな殊勝なことをするわけがない。
俺らだけ温泉旅行に来たのが面白くなくて、邪魔しに来たに違いないのだ。
今日も天気は良さそうだ。
ジャージの上下ではちょっと寒いが、本当に東京とは空気が違う。
このままどこか、行きたいな………
感慨にふける間もなく、ポケットの携帯が鳴った。
研二からラインで、どこにいる、と聞いてきた。
散歩、と返すと、メシやぞ、とまた返ってくる。
すぐ戻る、と返して、千雪は来た道を戻り始めた。
門の横のドアから出てきたのだが、ひょっとして閉まってたら誰かに開けてもらわなければと思いながらドアを押すと開いた。
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