「ええ、良太ちゃんがプロデューサーとして初めての番組で、張り切ってますからね」
「良太ちゃんて、CMとかドラマとか出てたし、俳優やってるんやないのんですか?」
スポンサーの鴻池物産社長の鴻池は曲者だったにせよ、夏に代役とはいえイタリアくんだりまでわざわざ行って撮影したCMがこの秋から放映されており、評判がいいらしいと千雪も聞いている。
しかもドラマも端役だが、良太が出ているのがどこからか知られ、CMにも出ていたあの俳優は誰だと、ネットでも目を付けられ始めているのを千雪も目にしたのだ。
過ぎたことだと笑う余地もなく、工藤の後を追うように自らワーカホリックしているのだから、打たれ強くてポジティブなのだろうが、これまでにもやたら変な輩に絡まれてさんざんな目にあっている良太が、精神的にダメージを受けていないはずがないと、千雪は思う。
鴻池のクソオヤジがいっちゃん質が悪い気ぃがするわ。
千雪も鴻池の厚顔無恥さに一時手を焼いたことを思い出すと、未だに怒り心頭なのだ。
ただ、良太が自分に対してえらく対抗心を燃やしていることも感じている。
ああ、やっぱ、工藤絡みやなあ。
そうなのだ。
良太の心はあの鬼の工藤に一直線なのだ。
どうやら工藤と千雪の関係にメラメラと嫉妬しているらしいのだが。
冗談やないで!
あんなオヤジに懸想すんのなんか、良太くらいや!
と、その時、壁の時計を見て、千雪は既に六時を過ぎていることに気づいた。
「鈴木さん、俺、もうちょっと良太待ってみるし、お帰りになって大丈夫ですよ」
千雪がそう声をかけると、鈴木さんがパソコンの画面から顔を上げた。
「でも、お客様をおひとりには」
「俺なんか客とかやないし、気にせんかて」
「そうですか? もし良太ちゃんもなかなか戻らなかったら、警備員さんに声をかけていただければ対応してくださいますから」
申し訳なさそうに鈴木さんは立ち上がった。
「これから娘と映画の約束があって、すみません」
「ほんなら、はよ、行ったってください。遅うに押し掛けたんは俺の方やし」
「ごめんなさいね、カップなんかはそのままにして下さっていいので」
パソコンの電源を落とした鈴木さんは、そそくさと帰り支度をして帰って行った。
「ほんまに、このオフィス、人手不足もええとこやなあ」
鈴木さんが帰ると、千雪はぼそりと呟いた。
万年人手不足の原因の諸事情とは、ひとえに社長の工藤の出自にあった。
広域暴力団中山組の組長の甥、それにつきる。
工藤の祖母にあたる多佳子が中山組の跡取りと駆け落ちし、生まれた子供のうち妹のさぎりを多佳子は父母に預け、父母はさぎりを養女として育て、生まれたのが工藤だ。
さぎりも工藤も中山とはきっぱり縁を切り、何の関わりも持っていないにもかかわらず、マル暴は工藤を要注意人物として目を光らせている。
というのが、千雪がこれまでに知りえた工藤に関する情報だ。
当の工藤はヤクザを忌み嫌っているのだが、何度か社員を募集しても面接の時に、「伯父貴は中山組の云々」と口にするため、就活生はそこでビビッて回れ右をして帰ってしまうわけだ。
だから万年人手不足だったわけだが、そんな中、ただ一人、帰らなかったのが良太だ。
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