ゆうされば4

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 千雪も、初めてこの会社に正規に新入社員が入ったと聞いた時、いったいどんな猛者が入ったのだと思っていたのだが、どうやら良太は家庭の事情で、回れ右できない状況にあったらしい。
 いや、アレはやっぱ、ぱっと見もやしっ子に見えるその実、負けず嫌いの怖いもの知らずやからってとこやな。
 相手が誰やろうと突っ走るあの性格が、事件に巻き込まれやすい理由のひとつや。
 千雪は工藤に面と向かってつっかかる良太の顔を思い出して苦笑する。
 手持無沙汰に、バッグからタブレットを取り出して、千雪は画面をのぞいた。
 京助は今日明日と、京都で学会に出席しているため、部屋に帰っても一人だ。
 一人が嫌だというわけではないが、何となく今日はつまらない、という気分だ。
 何より部屋にいると、編集の多部から催促の電話が入る可能性大なのだ。
 さっきのワンコ、可愛いかったな。
 ワンコが部屋におるいうのんも、ええなあ。
 思い付きでそんな夢想はするものの、飼うのなら保護犬だ、と千雪は考えている。
 一匹でも世話ができれば、とは思うが、今度は一匹を選ぶというのがまた難儀だ。
 どの子も連れ帰りたくて選べないかも知れない。
 ほんま、どうどうめぐりやん。
 他人のオフィスでソファにふんぞり返って、千雪がすっかり夜になった景色にぼんやり目をやっていると、やがてドアが開いた。
「うわ、誰かと思った」
 帰ってきた良太は、千雪を見て少し驚いた。
「また、締め切り破ったんですか」
 千雪に辛らつな言葉を投げて、良太は自分のデスクへと向かう。
「人の顔を見るなりそれはないやろ」
「今更。人のオフィスを隠れ蓑にしてるし、しかも誰もいないのに」
「さっきまで鈴木さんいはったんやで。娘さんと映画の約束があるいわはるから、ここで良太待たせてもろただけや」
「はあ、何か俺に御用が?」
 良太はラップトップの電源を入れてから尋ねた。
「御用いうほどのもんやないけどな」
「用なんかないくせに」
 良太はパソコンを立ち上げると、キーを叩き始めた。
「急ぎの仕事でもあるん?」
「企画書、早いとこ上げないと」
 千雪の顔も見ないで指を動かす良太に、「ほな、メシおごったるわ」と千雪は言った。
「京助さん、出張か何かですか」
「よおわかるな」
「一人でいてもつまらないからって、よそのオフィスにやってきて茶々をいれてく人が他にも約一名いますからね」
「俺は茶々入れたりせえへんで?」
 心外なと反論するが、良太との掛け合いが千雪は面白い。
「ほな、奮発してウナ重、どや? 出前取ったる」
 しばし間があったが、良太が美味いものに目がない同類なのは千雪もよく知っている。
「もう出かけたくない気分だったんで、いいですよ」
「よっしゃ。ほな、良太、好きなとこ選んで電話したら?」
「はあ、これあと少しで終わりますから」
 それからキータッチ音が早くなる。
 千雪はタブレットで新しい記事を見るともなく見ていたが、やがて企画書を終えてプリントアウトした良太が、電話で出前を頼んだ。
「ちょっと上で猫にごはんやってきます」
 プリンターから書類を手に取ると、良太は言った。
「猫ちゃんが部屋で待っとるいうんもええよなあ」
 千雪の答えに良太はちょっと小首を傾げたが、すぐにオフィスを出て行った。

 


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