「一つは、たまたま何かしらの理由でいさかいになって、一人が刃物持っとって、かっとなった場合」
「はあ」
良太は頷いた。
「一つは、殺された方は殺される理由になるとは思わんようなことが、殺した方には殺したい理由になった場合」
「なるほど、逆恨みってやつですね」
「一つは、殺された方が殺したやつに何かやらかして、殺した方は根に持ってて殺して恨みを晴らした場合」
「うん、それが小説とかではよく考えられる理由じゃないですか?」
わかった風に良太は言った。
「一つは、自分の利害のために、罪もない人間を殺す場合」
「やっぱそれは厳罰に処すべきやつですね」
良太はうんうんと強く頷いた。
「杉浦って人、何があったんですかね」
食べ終えた良太は小首を傾げ、またテレビに目をやった。
既に画面は和やかな季節のイベントの話題に切り替わっていた。
千雪はしばらく、良太がプロデュースしているというスポーツ番組について話を聞いていたが、良太がそろそろ部屋に引き上げるというので、オフィスを出た。
事件のことがきっかけになったのか、その夜の千雪は妙に想像力を掻き立てられ、原稿がはかどった。
お陰で二日遅れながら多部に原稿を送ると、「思ったより早く上がりましたね、ありがとうございます」と多部が言った。
「思ったより早く?」
千雪は怪訝な面持ちで聞き返した。
「いや、千雪さんなら、大抵あと一週間はあがらないだろうとふんでたんですけどね」
それを聞くなり、千雪は電話を切った。
「たばかりおって!」
「何だって?」
千雪の罵倒の言葉を聞きつけた京助がキッチンから鍋を手にやってきて、テーブルに置いた。
「多部のやつ、俺が〆切破るて見越して、わざと早めに設定しよって!」
すると京助はハハハと笑う。
「多部の勝ちだな。よくお前の習性をわかってるじゃないか」
「腹立つ!」
「まあまあ、原稿も上がったんだろ? ビーフシチュウ、美味いぞ」
京助が皿に熱々のシチュウを盛りつけると、千雪の怒りもその美味そうな匂いに負けた。
「良太がプロデューサー? あいつ俳優やってんじゃないのか? お、美味いな。最近近くにできたパン屋で買ってみたんだが」
パゲットを齧りながら京助が言った。
「ああ、気取ってなくてええ感じの店やん。サンドイッチ買うたけど、素朴に美味かったで」
千雪もパンを口に入れた。
「良太は、もうこりごりらしいで、俳優なんか。工藤さんの後を追ってプロデューサーやるみたいや」
「まあ、鴻池に散々な目に合わされたからな」
「ほんまに、打たれ強いいうか、立ち直りが早いいうか」
千雪の呟きにフンっと笑いながら京助は千雪と自分のグラスにワインを注ぐ。
「犬、飼いたいな」
千雪の発言はいきなり変わるのは知っていたが、京助は少し口を噤む。
「いきなり何だよ。こないだ拾った猫は小夜子に渡しちまったくせに」
「あれは小夜ねぇが、猫を欲しがってる知り合いがいる言うからや」
千雪はワインをコクリと飲む。
「近くの公園で犬連れたおっさんと出くわして、さっきも」
千雪は懐っこいハスキーを思い出してフッと笑う。
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます
