霞に月の54

back  next  top  Novels


「そっか、やっぱねえ。じゃあ、申し訳ない、明日の夜、銀座の『リヨン』で八時に待ってるってメモでも伝えてもらえる? 来られなければそれでいいし」
 サバサバした香坂の雰囲気に、良太は好感しか持てなかった。
 『リヨン』てフレンチの高級レストランだよな。
 工藤、和食党だって教えた方がよかったかな。
 いや、ひょっとしたら香坂とならフレンチでもOKってとこかも。
「すみません、鈴木さん、一応、デスクにメモ置いときますけど、もし工藤さんから連絡入ったら、香坂さんからの伝言で、明日の夜、銀座の『リヨン』で八時ですって、伝えて頂けますか?」
「ああ、はい、わかりました」
 鈴木さんはちょっと良太の顔を見てから頷いた。
「行ってまいります」
 頭の中のモヤモヤを振り払うように、良太は毅然として会社を出た。
 このあとドキュメンタリー番組の撮影がある。
 何しろ土曜日の夕方という時間帯のしかもドキュメンタリー番組にしては『和をつなぐ』の反響はすごかった。
 沢村の危惧していた通り、地方の関連各局でも放映されたため、佐々木はほぼ全国に顔が知れ渡ってしまったことになる。
 佐々木さんの仕事に影響しなければいいけど。
 良太としてはそれが心配だ。
 とはいえ、今度の土曜日は五所乃尾理香の登場だ。
 撮影風景を見て、理香がただの酒好きな遊び人ではないことを良太も納得した。
 良太がついそう口にしても、「でしょ? 大体、良太ちゃんも千雪ちゃんもあたしのことを見損なってるのよね」と悪びれるでもなく理香は笑った。
 生け花というよりそれはダイナミックなアートだった。
 兄の存在があったので、華道五所乃尾流宗家にはなれなかったが、理香は世界を回り、生け花という芸術を広報して回っているだけでなく、展示会を開催して好評を得、アーティストとしての五所乃尾理香の名前を知らしめている。
 佐々木の侘びとは正反対の華やかさが展開される。
 そして次週は和菓子職人黒岩研二の登場だ。
 研二さんも映えるからなあ、また反響がありそう。
 良太はそんなことを考えながら車のエンジンをかけた。

  

 工藤がホテルに戻ったのは辛うじて日付変更線を超えないうちだった。
 携帯にいくつか電話が入っていたし、香坂の留守電メッセージも聞いている。
 電話をかける必要があると思うもの以外は、会社に戻った時や誰かが運転する車に乗っている時など、工藤が電話に出られる時にかかって来れば出るが、でなければ放っている。
 急ぎというわけではない香坂には東京に戻ってからでいいだろう。
 気になっているのは良太から何も連絡がないことだった。
 今お互い忙しいのは確かだ。
 むしろ良太に電話をするのを躊躇っているのは工藤自身だった。
 もしかして香坂とのことを邪推して怒っているのかも知れない、などとも考えた。
 だが、あの交流会の帰り、工藤に嘘をついてまで竹野と出かけたらしいことが引っ掛かっていた。
 やはり、あの時にふと思ったように、棺桶に片足を突っ込んだようなオヤジの相手に飽きて、良太が若い竹野の方を選んだとしても何ら不思議はないのだ。

 


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
いつもありがとうございます