「話ならいつでも聞くから、連絡しなさいよ? 当分はまだ東京にいるから」
タクシーのドアを閉める前に、香坂は言った。
「おう、またな」
工藤はそう言ってタクシーを見送った。
聡明でさばけていて美人で、あんないい女、とんといないな。
だからこそ、加絵と遊んだ時のようなマネはできなかった。
というより、おそらくどんな相手でもそういう気にはなれない。
本当ならこの後どこかで一杯くらい付き合うのが礼儀なのかも知れないが、今の工藤にはそういう気分にすらなれなかった。
モラ男よりいい男に出逢えればいいな。
工藤は久しぶりに会った旧友に心の中でそんな言葉を送ると、そのままロケ現場へと戻ることにした。
午後になると温かな陽ざしが窓から降り注ぎ、緑が鮮やかに風に揺れているのが目にも眩しい季節になってきた。
オフィスのドアが開いて、入ってきたのはアスカと秋山だった。
「お疲れ様です」
鈴木さんが二人を立ちあがって出迎えた。
「お疲れ様あ。あれ、今日も鈴木さん一人? 良太出かけてるんだ」
アスカが良太のデスクを見て言った。
「ええ、このところ忙しいみたいで午前中はデスクワークだったんですけど、お昼になったらすぐお出かけ」
「あ、ケーキ買ってきたの。みんなで食べよう。良太、ここのチーズケーキ好きだって言ってたのに」
アスカはちょっと不服そうに言った。
「ちゃんと確保しておいてあげましょう。今、お茶いれますね」
秋山はソファに腰を降ろして、手帳を確認している。
タブレットも使うが、秋山は何かあれば必ず持っている手帳に書き込んでいる。
「良太、ほんと最近飛び回ってるよね」
ケーキを食べてお茶を飲むと、アスカはほっと息を吐き、ボソリと言った。
「例のドキュメンタリーで忙しいんでしょう」
秋山はにべもなく言った。
「工藤さんも最近オフィスに寄りつかないみたいだし」
アスカの方は最近、切羽詰まった仕事もなく、こうしてオフィスでゆっくりお茶を飲めるくらいの仕事をこなしている。
「あの人は今に始まったことじゃないでしょう」
手帳から目を離さず、秋山は答えた。
「でも、絶対、おかしいと思わない?」
アスカはつい、秋山の意識をこちらに向けさせるべく、手帳に指をかけ、声を落として言った。
「何がです?」
「あの二人よ。最近、全然すれ違いばっか。良太がいる時は工藤さんはいない、工藤さんがいる時には良太がいない」
ようやく秋山は顔を上げた。
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