霞に月の60

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 武蔵野市にある書道家三宅雄一郎の自宅では朝から撮影が行われ、ようやく終わってクルーが引き上げたのは夜の十一時を回った頃だった。
 心身ともに疲れ切った良太が車を乃木坂にある会社の駐車場に止めた時には既に真夜中を回っていた。
 こだわりのディレクター下柳とこちらも自分の作品に対して少しでも気に入らないとやり直す三宅との戦いのような撮影に、それならというわけではないが良太もビシバシ口を挟んで結局三つ巴の言い争いめいた進行に苦労したのはスタッフだろう。
 終わってみればやり切った爽快感で解散したのはよかったのだが、翌日は午後イチでドラマ『検事六条渉―ひとりぼっちの烏』の打ち合わせがMBCで、夕方からドキュメンタリーの撮影で、金沢に出向くことになっている。
 友禅作家宮坂紀香が、次の展示会の準備に入るため、撮影ができるのはここ数日しかないというので、連日撮影が続くことになったのだ。
 いくら良太が疲労困憊でも、部屋のドアを開ければ猫たちが駆け寄ってくる。
 かわるがわる撫でてやりながら、まず猫のご飯を用意する。
 そんな時、携帯が鳴った。
「はい、お疲れ様です」
「何や、忙しいみたいやな」
 千雪から電話とは珍しいと思いつつ、「ええ、メチャ。明日は金沢だし」と良太は答える。
「何かありました?」
「いや、何かあったいうわけやないけどな。香坂准教授、工藤さんと会うたんやて?」
 良太にとっては疲れている時に聞きたくない話だった。
「そうみたいですね」
「工藤さん、ようすはどうなん?」
「さあ、ここんとこお互い忙しくて、全然顔を合わせてないんで」
 淡々と口にしたが、顔を会わせてないというより、故意に良太が会うのを避けているのだが、工藤から電話もほとんどないことを考えると良太のせいだけではないような気がする。
「フーン。何や、工藤さんと会ういうて、あの日、香坂さんえっらいめかしこんで出かけてったしな」
「はあ、そうですか」
 交流会で会った時も明朗な美人だと思ったが、千雪の言うようにめかし込んだらさぞ美人度が上がったに違いない。
「次の次の日か、ランチん時香坂さんと出くわしたんやけど、めちゃ機嫌良さそうやったから、これはデートは成功したんやないかとな」
 なるほど、着々と工藤と准教授の方は進展しているわけだ。
「作戦成功じゃないですか」
 良太はなるべく抑揚のない調子で答えた。
「まあ、工藤さんの方がどないなんかわからんことには、作戦が成功とはいえんやろけど。お互い忙しいしな」
「二人とも大人だから、もう任せておくしかないんじゃないですか? 明日早いんで。今日も一日撮影でさっき帰ってきたとこなんです」
 これ以上話すとせっかく取り繕っているのにボロが出そうで、良太はそう言うと電話を切った。


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