霞に月の62

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「それよりさ、小林くん」
 急に香坂は千雪に顔を寄せた。
「え、何ですか?」
 千雪は思わず後ろへ身体を引いた。
「京助とは長いの?」
 こそっと聞いてきた香坂の顔を千雪はまじまじと見た。
「は?」
「私を見くびらない方がいいわよ。付き合ってるんでしょ? 京助と。まあ、日本じゃあんまりまともに聞けない雰囲気だもんね」
 それだけ言うと、香坂はトレーを持ってさっさと学食を出て行った。
「やれやれってとこやな」
 千雪は苦笑した。
「確かに人間観察力は高いのかも」
 アスカさんも良太のことを心配してたみたいやし、良太も工藤さんと香坂さん進展してると思い込んどるみたいやけど、ここはしばらく様子見やな。
 そんなことを考えながら千雪はのそのそと立ち上がった。

  
 
 良太や下柳も一緒に機材を積んだバンで金沢を出たのは夜中の一時だった。
 温泉宿でスタッフ共々一泊し、翌日は早朝から一日がかりで宮坂紀香の工房で撮影が行われた。
 宮坂が言っていた機織り機を目の当たりにして、良太はちょっと驚いた。
「こんな大きいんですね」
 宮坂が実際織りを行うところから撮影が始まり、下絵から色を入れていき、やがて出来上がった布は仕立てられ、華麗な友禅染めの着物ができあがる。
 要所要所を撮影し、宮坂の作品を創り上げていく表情や指の動きなどをカメラは追い、金沢の歴史が感じられる街並みのシーンも織り交ぜていく。
 何とか一日で撮り終えた一行は宿に帰り風呂と食事を済ませると仮眠を取り、夜中に一路東京へと出発した。
 スタッフもスケジュール的にギリギリで、良太も翌日は九州出張の工藤の代わりに『コリドー通りでよろしく』のロケに顔を出すことになっていた。
「良太ちゃん、何か顔がやつれてない? もう一泊して明日飛行機で帰ったら?」
 下柳が心配してくれたが、良太は猫が待っているので、と猫を理由に北陸自動車道を走るバンに乗り込んだ。
 自分だけ楽をするほど仕事をしていないと思うし、一人でいるとうだうだといろいろ考え込みそうでいやだったのだ。
 いずれにせよ、バンに乗せてもらって寝ていくだけだし、交代に運転していくのはスタッフだ。
 明らかに疲労がたまっていたのだろう、良太は一度サービスエリアで起こされてトイレに寄っただけで、あとは車が東京に入るまでぐっすりだった。
 明け方七時に会社の前で降ろしてもらうと、自分の部屋に上がり、まず猫の世話をしてからシャワーを浴びた。
 もそもそとパンとコーヒーで朝食にすると、しばらくうとうとしたらしい。
 はっと目を覚ますと九時半を回っていた。
 慌ててスーツに着替えると、オフィスに降りていく。
「おはようございます。あら、良太ちゃん、早いわね」
 出社してきた鈴木さんがにっこりと笑う。
「おはようございます。朝、着いたんで。コーヒー入ってますよ」
「ありがとう。でも朝着いたなんて、良太ちゃん疲れた顔してるわよ?」
「いえ、俺は車に乗せてもらってただけだし」
 良太は空笑いで答えた。

 


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