霞に月の66

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「脛に傷っていうと」
「あ、いや、何ていうか、前の会社で濡れ衣着せられて辞めたとかって人もいたり、俺なんかも、親が保証人倒れしちゃったんで、家とか取られちゃったから、実家はもうないし、あ、でも両親、熱海の温泉宿で働いてて、正月とかは妹も俺も遊びに行くんですよ」
 天野に聞かれて、良太はサラリと説明する。
「ええ? そうなんですか? すみません、てっきり恵まれたお坊ちゃんかと」
 天野に言われて良太はガクッと項垂れる。
「それほんと、苦労知らずだとか、幸せな家庭に育ったんだとか、俺、よく言われるんですけど、何でか。おまけにすぐ、良太ちゃんとか呼ばれるし。誰だよ最初にそう呼んだのって」
 すると天野はクククっと笑い、「でも、実際そうなんじゃないですか? ご家族仲がいいんですね」と言ってから続けた。
「ああ、良太ちゃん呼びは、何て言うか業界呼びってのもあるかもだけど、どっちかって言うと、広瀬さん、可愛いからですよ、きっと。俺みたいむさいと、チャンづけなんかあり得ないです」
 それを聞くと良太は一つ小さくため息を吐く。
「カワイイって、ほんとそれ、よく言われるんで参ります。俺、天野さんと同い年なんですよ?」
 天野は苦笑して、「いやまあ、いいじゃないですか。それだけ親しみを持たれてるってことなんですから」と慰めにもならないようなことを言う。
「まあね、最近、筋肉落ちちゃってるんで、ちょっとトレーニングとかたまにやってるんですけどね、天野さん相当鍛えてますよね、身長あるし」
「ああ、演劇にのめり込んでからはサッカーとかもあんまやる暇なくて、ただ、バイトやんないと生きてけなかったんで、大抵ガテン系で、鍛えられましたよ」
 なるほど、と良太は頷いた。
「最近は、仕事忙しいんで、部屋にマシンとか入れてやってます」
 しばらく演劇の話や、ドラマのエキストラから死体の役までいろいろ経験したというような話を、天野は面白おかしく話して聞かせた。
 良太は笑い、調子に乗ってジンジャーラムなどをゴクゴク飲んだ。
「天野さん、しゃべりが得意じゃないとかウソでしょ」
「すみません、人見知りで、広瀬さんだから話せるんだと思いますよ」
「俺でよければいくらでも」
 ジンジャーラムをお代わりした頃には割と酔いが回っていた。
「そういえば」
 急に天野は声を落として良太に近寄った。
「ここだけの話、やっぱ竹野さんと付き合ってるんですか?」
「は?」
 良太は前にも聞かれたなとへらっと笑う。
「ほんと、違いますって。でも竹野さん、結構いろいろ言われてますけど、さっぱりしたいい姉御肌? 年は俺より下ですけどね、さすがキャリア二十年のベテランって感じ。仕事には厳しいから新人とか彼女にクソミソに言われたりするんで、怖いとか下手をするといじめられたとか思っちゃうかもなんですよね」
「フーン、そうなんですか。でも、広瀬さん、彼女さんとかは?」
「い……や、イナイイナイ。高校の時に付き合った子は、俺のダチと結婚間近だし」
 一瞬、躊躇ったものの、良太は自嘲気味に言った。

 


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