霞に月の68

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 と、その時、天野がむっくりと起き上った。
「天野さん、三軒茶屋来たんですけど、ご自宅、どこですか?」
「ああ、広瀬さん、悪い、俺、うっかり寝ちまってた?」
 そう言いながら天野は立ち上がる。
「ちょっと水…」
「あ、俺、買ってきますから、ここにいてください」
 天野を再び座らせると、良太は自動販売機を見つけてポカリを二本買い、慌てて天野のところに戻る。
 良太が蓋を取って渡すと、天野はゴクゴクと一気に飲み干した。
 良太も半分ほど飲んで、ようやく少し落ち着いた。
「家、教えてください。送って行きますから」
「ふう、悪い……。夕べあんまり寝てなかったから。そっち、世田谷通りをちょっと歩いたとこなんです」
 天野は立ち上がった。
「大丈夫ですか?」
 念のために良太は天野の腕を掴んで歩き出した。
 商店街を抜けてから世田谷通りを五分ほど歩くと、銀行の脇道を入ってすぐに、十階建てのマンションがあった。
 天野はエントランスでカードキーをかざし、中へと入っていく。
 エレベーターで七階に上がると、一番奥の部屋で天野はまたカードキーをかざした。
「どうぞ。お茶でも飲んでいってください」
「あ、いや、そういうわけには……」
 遠慮しようとした良太だが、ぐいと腕を引かれて玄関に引き込まれた。
「すみません、最近誰彼ともなく見られてる気がして」
「え、ほんとですか?」
 良太はちょっと眉を顰めた。
「悪い、すんげえ散らかってて。この辺に座っててください」
 部屋は天野の好む色らしいモノトーンで揃えられているが、ソファに放り出してあった服の山を床にスライドさせて、良太を促した。
 良太の部屋より少し狭いくらいのワンルームにバストイレといった感じだ。
 フローリングの上にベッドとソファとちょっとしたラグの上にテーブルがあり、五〇インチほどのテレビが壁にかかっていて物はあまりない感じだが、本や雑誌が床に山と積み上げられている。
 窓際にさっき天野が話していたランニングマシンが置いてあった。
「汚いところで申し訳ない。インスタントですが」
 天野はコーヒーを入れたマグカップを良太の前に置き、自分はラグの上に胡坐をかいてコーヒーをすする。
「ありがとうございます」
 温かいコーヒーを飲むと、良太はようやくほっとした。
「あれ、今さらですが広瀬さん、うちどこでした?」
 天野は思い出したように聞いた。
「ああ、俺、会社の上に住んでるんです。一応社員寮って名目で」
「え、そうなんですか? 他の社員さんも?」
「いえ、俺が前のアパートいられなくなった時、たまたま空いてて社長が貸してくれたんです」
 そう口にしながら、良太はやはり工藤には本当に恩があるんだった、と再認識する。
「じゃあ、車は? ジャガーいいですね、あれ」
「あれも会社のを仕事で俺が乗り回してるだけです」
 まるで今は自分の車のように扱っているが、あの車も本当は会社のではなく工藤の車だ。
 改めて考えると、ほんと俺、工藤におんぶに抱っこじゃんね。
「広瀬さん?」
 ぼんやりしていた良太を天野が呼んだ。
「やっぱ何か悩んでるなあ」
「え、ああ、いや………」
 ハハハと良太は笑ってごまかす。


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