アスカには幾分気を使ったようだが、工藤は既に自分のデスクで、電話の向こうの誰かに怒鳴りつけていた。
あーあ、誰だか知らないが気の毒に。
間が悪かったな。
しかし実際、工藤の機嫌だけでなく、このオフィスも良太がいないとなると火が消えたようになるだろうな。
秋山がそんなことをつらつら考えながら、コーヒーをもらおうと立ち上がった時、オフィスのドアが開いて、ひと吹きの風と共に入ってきた者があった。
癖のある髪の奥に長めのまつ毛に縁どられたくっきりとした瞳、つんと細い鼻、白い肌に唇の色が際立ち、小作りの顔が乗っかった一八〇近い身長にすらりと長い手足のお陰でプロポーションがいい、一見どこぞのモデルにしか見えない。
詐欺だよな、と秋山はあらためて思う。
いつものコスプレとのギャップが激しすぎるのだ。
「あ、ユキ! 久しぶり!」
アスカの顔が明るく笑う。
「千雪さん、いらっしゃい」
鈴木さんも笑顔になる。
人気推理作家でT大法学教室の助教であるこの小林千雪の原作で、この会社ではいくつものドラマや映画を制作している。
工藤がプロデュースしたのがきっかけだったことが理由で、この会社には素の千雪が出入りしている。
「良太、はおらんかったんやな」
オフィスを見回して、千雪は一言口にすると、工藤がまだ電話中なのを見て、大テーブルのソファに腰を下ろした。
秋山が人数分のコーヒーをトレーに乗せて持ってくると、鈴木さんが早速森村の北海道土産を皆に配った。
「アスカさん、仕事の方はどうなん?」
向いに座ったアスカに、千雪が聞いた。
「昨日久々スタジオだったけど、何かみんなに同情されちゃって、今回のことで、気味悪いくらい気を使われちゃって、ちょっとやりにくかったわ」
アスカはそう言いながらクッキーをぺろりと食べる。
「まあ、アスカさんにしてはみんな物足りんかったん違う?」
「なーによそれ!」
千雪の発言にアスカが口を尖らせる。
「でも、人の正体わかるんは、こういう時やね。手のひら返しするやつもおるからなあ」
「確かに」
秋山も千雪の言うことはよくわかると頷いた。
かつて商社のエリートだった秋山も、冤罪で孤立し、周囲の人間に裏切られた経験がある。
以来、通り一辺倒だけで人間を見ることはなくなり、よほどのことがない限り人を信用しなくなった。
だが良太がこの会社に入ってからかも知れない、それまで自分を前面に出すことがなかった秋山だが、良太に引き入れられるように、自然とこの会社の一員になっていた。
井上が言う工藤ファミリーは、良太が司令塔になり、変な連帯意識、慣れあいだけでない絆があるように思う。
恐るべし良太だな。
「工藤さん、ちょっとええ?」
ようやく電話が終わったのを見て、千雪が工藤に声をかけた。
「ああ、なんだ?」
工藤は顔を上げた。
千雪は良太のデスクに向かうと、椅子に腰をおろし、「ちょっとここだけの話やねんけど」と声を落とした。
千雪のようすに、工藤は眉を顰め、「何かわかったのか?」と尋ねた。
そしてどうやら、あまり表沙汰にしない方がいいだろう話だと、工藤は見て取った。
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