「真岡が?」
工藤は聞き返した。
「前回の誓約を破らはったいうことですわな」
厳しい顔をしている工藤に、千雪は軽い口調で言った。
「偽のスクープで、沢村とアスカさんのことすっかり信じ込まはったんやな、沢村の父親も真岡弁護士も」
「だからあんなバカげたマネをしたというのか!」
工藤はつい声を荒げた。
このご時世に不倫疑惑をでっちあげれば、人気や信用を失墜させることなど造作もない。
現にアスカはものの見事にマスコミに叩かれて、下手をするとアスカのこれからを潰されたかも知れないのだ。
沢村からアスカを引き離すにはこれ以上にないやり方だな。
なぜ今かといえば、沢村がMLBに移籍したことが引き金になったのかも知れない。
沢村から縁切りされているというが、あの父親はプロ野球のみならずMLBにまで行った沢村を未だに利用しようというのか。
反吐が出る。
工藤は宙を見据えて心の中で呟いた。
子供ですら自分の都合に利用するようなゲスな親はどこにでもいるものだ。
工藤の脳裏には思い出したくもない古い苦い記憶が蘇る。
「まあ、三島と真岡弁護士が会うてたとしても、確たる証拠はまだやけど。シンガポールに逃げよったいう坂本とどう繋がるのかも」
千雪の言葉が工藤を現へと呼び戻した。
「今度は法廷に引っ張り出してやれ。むしろあの父親を引き摺り出したいくらいだ」
苦々しい顔で工藤は吐き出すように言った。
「俺も嫌いや。あんな父親。沢村は縁を切ったつもりでもああいう輩は意に介さないかも知れへん。まあ、沢村にはわざわざこの顛末を知らせてやらんでもええ思いますけど。せっかく何かとうまくことが運んで意気揚々とアメリカに渡ったとこやしなあ」
千雪は一つため息を吐く。
「沢村のことは良太に任せればいいさ」
フンっと工藤は笑う。
「ほな、良太が帰ってきたら、俺に連絡するように言うて下さい。小田先生には工藤さんから知らせてください」
千雪はそう言い残して帰っていった。
良太が知ったらまた怒るに違いない。
あいつは親が子供を利用するだの、あり得ないというような家庭に育ったからな。
工藤の頬は自然と緩む。
人の好さげな二親と妹と良太は仲のいい家族だ。
秋山は何かというと、良太は幸せな家庭に育った、とちょっと羨まし気な言い方をするが、良太は父親が沢村の素行調査をするなどということが信じられないと怒っていた。
バカがつくほどまっすぐなやつだからな、あのガキ。
そんな良太の顔を思い浮かべると、すぐにも会って、良太の頭を掻きまわしたくなる。
京助にも言われたとか前に話していたが、自己肯定感が低いとか。
フン、全く、いつまでも俺に怒鳴り散らされるだけのペーペーでいられるわけがないだろうが。
実際これまでやってきた自分の仕事を顧みればわかりそうなものだが、謙虚過ぎるのもほどほどにしろと言いたい。
ただ、いざとなると、あれはいきなり勇断するからな。
まあ、ちょっと、よそで揉まれてくればいいだろう。
そうは思うものの、四月から三か月も良太の顔が見られないのが耐えられなくなるのは俺の方に違いない。
決して口には出すことはないが、工藤にはそのくらいの自覚はあるのだ。
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます
