「ああ、どうだった? 撮影は」
「はい、順調に終わりました。小木さんて、作家さんなのに声がよくて、気さくな人で、よくわかるように説明してくれて、俺も伊万里焼きのレクチャーなら任せとけって感じです」
良太は案外穏やかな工藤の声にほっとしたらしく、幾分声を弾ませた。
「ヤギさんと明日、そっちにお昼には着く予定です。さすがにヤギさん、お疲れみたいで、今日は飲み会もそこそこに一緒にホテルに戻ってきました」
良太のニューヨーク行きのお陰で、撮影が前倒しになったり、連日撮影だったりで、下柳にもかなり負担を強いていると、良太は申し訳なく思っている。
「葛西さんら三人は、明日の朝、バンでこっちを発つそうです。交代に運転していくって、やっぱ若いですよね」
葛西は三十代だが伊藤と成島の二人は良太より少し若いし、飲み方も半端ない。
機材を積んだバンで半日かけて東京に戻る予定だ。
それでも明日明後日はオフなので、俺は寝るぞ、と葛西は喚いていた。
「年寄りみたいなセリフを吐くな。気を付けて帰れ。ヤギに酒の量を減らせって言っとけ」
電話はそれで切れてしまったが、風呂上りでバスタオルを腰に巻いたまま良太はしばらく携帯を握りしめて頭の中に残る工藤の声の余韻にぼんやりしていた。
「ちぇ、すぐにでも帰りたくなったじゃないかよ」
良太はボヤき、冷蔵庫からビールを取り出してプルトップを開けた。
九州なら、飛んで帰れるかもだけど、ニューヨークだと、ちょっとそれは無理だよな。
良太は近づくニューヨーク研修に、今から不安材料を増やしている自分に呆れ、ビールを飲み干した。
「良太? 何だって?」
電話を終えた工藤にそう聞くと、アスカは桜が浮いている羊羹をパクっと頬張った。
「伊万里作家の撮影が終わったらしい」
「ふーん。伊万里って、そこに飾ってあるやつ?」
アスカが床の間に目をやった。
「おや、すごいですね、伊万里がわかるんですか?」
秋山が意外そうな口調で尋ねた。
「ちょおっとお、何その小ばかにしたみたいに! ああゆう模様の、うちにもあるし、お祖父様が大事にしてるもの」
アスカが隣の秋山に向き直って文句を言った。
「文章が少々変ですよ」
「文章なんて、伝わればいいのよ」
水菓子を平らげたアスカは緑茶を飲んだ。
「いつものアスカさんに戻ったみたいですね」
秋山の軽い口調にアスカはフンっと眉を寄せると、「ああ、何か、悔しくなってきた! 手のひら返して歯の浮くような御託を並べるんですねって、これからホンネでいこうかしら」と強気発言をする。
「やめときなさい。仕事がスムースに行くのが一番ですから。第一、そういう連中は正攻法でいかないにこしたことはない」
「ってことは、正攻法じゃない方法で行くってわけね? さっすが秋山さん! 業界きってのインテリダヌキっ!」
「それはいったいどういう比喩ですか」
「比喩も何も、こないだ小笠原がそう言って秋山さんのこと、えらく感心してたわよ。小笠原にしちゃ、的を得てるなって」
工藤はしばし二人のやり取りを見て、こいつらはセットにしておいたのは正解だったと、改めて思う。
「ねえ、コーヒー飲みたくなっちゃった」
急にアスカが言いだした。
「もう十時になりますよ」
秋山は腕時計を見た。
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