「ほら、青山に十時過ぎでもやってるとこ、あったじゃない?」
アスカが秋山に確認する。
「ああ、あの店なら、コーヒーも美味かった。工藤さんもご一緒にいかがです?」
工藤は「いや、俺はいい」と遠慮した。
なんとはなしに、遠慮したい、という気分になった。
「工藤さん、やっぱ良太いないと面白くないもんねえ」
するといっそすがすがしいほど歯に衣着せぬ言い方で、アスカは工藤の胸の内を吐露してみせた。
こやつ………。
「明日は帰ってくるんでしょ? まだニューヨーク行ったわけじゃないんだから」
さらに渋面の工藤の胸の内をアスカは逆撫でしてくれる。
「あ、じゃあ、支払い済ませてきます」
秋山はそれでも工藤を慮りつつ、先に部屋を出た。
アスカに言うべき言葉も見つからず、工藤も徐に立ち上がったが、苦虫が取りついたような顔のまま部屋を出て行く。
バッグをひっかきまわして何か探していたアスカは、「ああん、待ってよ」と慌ててコートを掴んだ。
九州から戻ってくると東京の空気は少し肌寒く感じられたが、それでも陽光は既に春の色だ。
「ただいま帰りました」
ドアを開けると、鈴木さんと森村が「お帰りなさい」と笑顔で良太を出迎えてくれた。
「これ、お土産です」
手にしていた紙袋を鈴木さんに渡すと、早速中を見て、「あら、小城羊羹! 懐かしいわ」と言う。
「え、知ってました? 一応、向こうでは有名らしいんですけど」
「昔むかしね、子どもの頃、家にいた方が向こうの出身で、お里帰りされる時必ずお土産に持ってきてくださったのよ」
秋山情報によれば、鈴木さんの実家は使用人も何人かいたような旧家で、家にいた方というのはおそらくお手伝いか何かではないかと良太は推測する。
「じゃあ、ちょっと早いけどお茶にしましょうか。早速羊羹いただきましょう」
鈴木さんはいそいそとキッチンに向かう。
「モリー、忙しそうだな」
自分のデスクにバッグを置くと、良太はキーボードを叩く森村を見やった。
「ああ、一応ほら、サイトでも宣言しとかないとと思って、アスカさんは清廉潔白ですって」
日本語は難しいといいつつ、キーボードでは森村もかなり慣れてきたようだ。
元々PCは得意な森村に、会社のサイトなども任せている。
以前は良太が暇を見てやっていたが、忙しい時は情報を乗せるのも遅れたりしていたので、今は大いに助かっている。
「PCって便利ですよね、ひらがな打つとちゃんと漢字に変換してくれるから」
それでも同音異義語などあると、検索したり、良太や鈴木さんに聞いたりして、森村は暇があると一心不乱に日本語と格闘している。
三人で窓際のテーブルに移動し、羊羹とお茶のまったりとした時間に、良太もようやく肩の力を抜いた。
工藤は夜まで出ずっぱりだったな、などとお茶をすすっていると、ポケットの携帯が鳴った。
「お疲れ様です!」
良太の呟きが伝わったかのように工藤が、七時に夕顔だ、手が空き次第来い、と言った。
「はい、わかりました!」
ついついちょっと弾んだ声になってしまった。
この後、千雪に呼ばれているが、七時前には戻れるだろう。
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