三時過ぎに良太は千雪のマンションに来ていた。
「九州行ってたて? ほんまに工藤さん踏襲してんな」
出迎えるなり、千雪は良太の気にしていることをわざわざ口にした。
家にいる時も千雪はスウェットの上下だが、上が茶色で下が紺など、本来着ている物に無頓着だ。
さすがに太い黒縁眼鏡はないが、ウエーブがかった髪も櫛を入れてなかったりすると、巷で噂される名探偵のいでたちとさして変わらない。
「学外やと、そんなやついたな、くらいに落ち着いてきとるからな」
良太が思ったままのことを言うと、千雪はコーヒーが入ったマグカップを両手にそんなことを言った。
「はあ、どうも」
「俺のコピー版みたいなんで悪さされたりとか、ええ加減ごめんやし」
「ああ、容疑者がもじゃもじゃ頭に眼鏡にジャージだったせいで、千雪さんが疑われたっていう事件ですか?」
「警察がいかにアホかいうんが露呈した事件や」
どうやらその事件にかかわっていたらしい、警視庁捜査一課の渋谷刑事は、ことあるごとにその件で千雪に詰られるらしい。
めちゃ執念深いよな、敵にしたくない人だ。
良太はこそっと心の内で思う。
「この羊羹、美味いな」
千雪と会うことも決まっていたので、良太は千雪への土産にも羊羹を買ってきた。
「個包装なんが食べやすいな」
元来面倒くさがりの千雪は、包みを破いてパクっと食べきった。
「九州は博多くらいしか行ったことないなあ。今度、取材の名目で九州一周とかしたいなあ」
「仕事であちこち行くようになったので、北海道から四国九州までちょこちょこ行ってますけど、日本国内だけでもまだまだ」
良太は一つ大きくため息をつく。
「良太は一直線やから、入れ込み過ぎて疲れるんや。もちょい、肩の力抜くとええ」
「はあ」
しばし九州の土産話で和んでから、「ほんでな、忙しい良太にわざわざ来てもろたんはな」と千雪は話を切り出した。
「え、まさか……」
千雪から、突き詰めていったところ、真岡弁護士が浮上したという話を聞いて、さすがに良太も絶句した。
「つまり、今回の事件の根は、沢村からアスカさんを遠ざけたいってとこにあったってことですか? あり得ないでしょ! そんなの!」
徐々に良太の中で、怒りが沸き上がってきた。
「あんのクソ弁護士! ってか、また沢村の父親がガンってことですか?!」
怒りとともに、沢村が可哀そうになる。
「まあ、まだ推測の段階やし、父親の関与まではわかっとおらんけどな」
千雪は言うがあまり慰めにもならない。
「真岡弁護士がそんなことをする理由がないですからね」
今のところ証拠が揃ってはいないこともあるが、人前では沢村の父親の名前を出したくないがために、千雪はそれを配慮し、良太を自分の部屋に呼んだのだ。
「いずれにせよ、シンガポールに逃げた坂本ってやつのこともありますからね」
「海外に逃亡しとるとか、厄介やな」
「はあ、そうなんですよ。このまま雲隠れされてしまうと、事件がうやむやになりかねない」
良太は思わず拳を握りしめる。
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