「佐々木さんはいつ向こうに行くんや?」
そういえば、と千雪が尋ねた。
「ああ、今の仕事が終わり次第、行くらしいです。お母さんを一人こっちに残して行くことがどうしても心配だったみたいですけど、私は幼稚園児じゃない、とっとと行け、とかどやしつけられて、週一回エキスパートを呼んで直ちゃん主導のもと英語のレッスンも無理やりやらされてるらしいです」
良太は直子の話を思い出してちょっと笑う。
「エキスパート?」
「老人でも英語をしゃべれるようになる、ってキャッチで、ネットとか中心に教えてる日本在住二十年のアメリカ人で、日本人より早口で日本語をしゃべるそうです。それが……」
良太はまた思い出し笑いをした。
「直ちゃんいわく、佐々木さんにべたぼれらしくて、妻帯者で普通の人だったのに。最初、三十路のおっさんに英語なんか無理だとか言ってた佐々木さんも、めちゃ熱心にレクチャーを受けて、日常的な会話はマスターできたそうです」
「また、あの人、犠牲者増やしたんか。まあ、あの佐々木さんの雰囲気やったら、思わずよろめいてしもてもわからんでもないわな」
千雪も苦笑した。
「とにかく、向こうで住むとこやオフィスのことなんかは、直ちゃんが、向こうの秘書とやり取りしたりで、準備万端整ったみたいで」
「沢村の知り合いのビルやて?」
「知り合いっていうか、沢村が共同経営者になっている会社のビルで、部屋もいくつか空いてたらしくて、オフィスも佐々木さんと直ちゃんの部屋もそれぞれ、リノベも済んでいつでも入れるみたいです」
「そらよかったわ。ニューヨークの一等地やて?」
「マンハッタン六番街だそうですって、よく知ってますね?」
すると千雪は、得意げな顔で、「名探偵の情報網をあなどったらあかん」と笑みを浮かべる。
「紫紀さんに聞いたんでしょ? とにかく沢村としては、佐々木さんのセキュリティを重視して、通勤もエレベーターだけいう、まあ、今の俺みたいな?」
そう言い返した良太に、「フン、ほんま、過保護なことや」と千雪は言った。
「まあ、今回直ちゃんを同行させるってこともあるので、そこはね。ってか、沢村はそのビルのペントハウスに部屋があるとかで、要はエレベーターだけで佐々木さんに会えるからじゃないですか?」
「なんや、そんなことかいな」
千雪は呆れた顔で「まあ、物騒なことも多いからな。念には念を入れた方がええ」とマグカップをもって立ち上がった。
「メシ、どないする?」
言われて良太は携帯を見てそわそわと立ち上がる。
「うわ。もう六時半、俺、この後行くとこがあるんで、そろそろ」
「ふーん、工藤さんと会うんや」
「え、まあ、メシ行くだけですけど」
「せやなあ、今のうちに会うとかんと、三か月も離れることになるもんなあ」
暢気そうな千雪の言い草に、良太は内心焦りを覚える。
そうだった、俺も、もうじきニューヨーク行きカウントダウン………。
「花見、またお邪魔するわ。アスカさんから、お呼びがかかったし」
「あ、そうそう、もうそろそろ、会社の裏の桜も見ごろです。井上がまたライティングしてくれてるし」
そんなことを言いながら良太はドアへと向かう。
「ほならな」
「はい! また情報入ったら、連絡します!」
良太はそう言い残して、そそくさと千雪の部屋を後にした。
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