夢見月39

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「あいつとは腐れ縁だ。仕事でな」
 むすっとした顔で、工藤は熱燗をぐい飲みにそそぐ。
「ふーん? 今は面白おかしく記事を書いて下さるマスコミより、SNSなんかで不倫だなんだって名前も名乗らないくせに正義感まがいにこき下ろすから、鬼の工藤もさすがに怖くて、こそこそ隠したりするんだ」
 何気に白河が工藤に突っ込みを入れる。
「お前こそ、下手なことをすると一気に騒がれるぞ。アスカの一件もでっち上げの証拠が挙がったからいいようなものの」
 工藤が苦々しく口にした。
「ほんとに冗談じゃないわよねえ。女優が何で清廉潔白じゃなきゃならないのよ。女優なんて演技で人を欺いてなんぼでしょうが」
 白河は冷酒をやりながら、さっき良太が頭の中で思い描いていたことをさらりと言った。
「プライベートで何をしようが、視聴者に何の関係があるわけ? 勘違いも甚だしいわよ。そこんとこ、誰かはっきり言ってやってほしいわ。スポンサーも視聴者の顔色伺い過ぎてるし、そんなの気にしてたら、何も作れなくなるじゃない」
「それには俺も同感です」
 ビールを空けて、口が少し滑らかになった良太はつい頷いた。
「確かに犯罪とかじゃなければ、視聴者が演技者のプライベートまで口を出すのはおかしいし、もし裁判だったらむしろ中傷した視聴者の方が営業妨害にもなりかねない。ドラマで清廉潔白な人間を演じたからと言って、演技者のプライベートが清廉潔白でなくてはならないってわけじゃないですからね」
「よく言ったわ! 広瀬少年! 前にさ、純情可憐な少女の役をやった子が、控室でたばこを吸ってたからって、SNSで叩かれて、その子、女優やめちゃったのよ! マスコミにリークされたらしいのよね。でも、おかしくない? ひとりで喫煙OKの控室よ? 未成年でもないし、視聴者に何の迷惑をかけたっていうのよ」
 白河も結構飲んでいるらしく、話がエスカレートしてくる。
「それはおかしいです! 控室でたばこを吸っている俳優さんなんて結構いるじゃないですか? そりゃ、俺は禁煙派ですけど、それはそれ、喫煙者の嗜好の問題ですから、絶対無罪です!」
「そうでしょう? 私も旦那には煙草吸ったら即離婚って、言ってるけど、それはそれ、演技もまあまあで、これから伸びていくって時に、同じ事務所の後輩だったから、可愛がってたのに」
 すると工藤が「原田もえのことか」と口を挟む。
「あいつは今、劇団に入って何とかやってるらしいぞ。そっちの方が水が合うんじゃないのか」
「知ってるわよ。何回か見に行ってるから。演技も飛躍的にうまくなってるし」
 白河はぼそりと言った。
 そうなんだ、この人はやはりただの大御所じゃない、演技者なんだ、と酔った頭で良太は思いなおす。
「マスコミにリークしたのが、もえに役を取られたライバル事務所の女だったこともわかったし」
「お前、ドラマで一緒になった時、そいつ、いじめたろうが」
 工藤がまたさらりと暴露する。
「私は陰でこそこそなんてしてないわよ。面と向かって、そんなへたくそな演技で何回リテイクしたら気が済むのって言ってやっただけ」
「そんな生易しいもんじゃなかっただろう。結局そいつこそ、やめただろうが」
「ほんとに演技がしたいんなら、もえみたいに這い上がってくるものよ。それができないんならとっととやめた方がいいわ」
 うわあ、これが大御所のいびりの内幕ってやつ?
 うっかり口にしなかったのは、良太にしては上出来だったといえよう。

 


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