すると折り返し、山根監督から電話が入ったので、部屋を出て廊下に出ると、四月からニューヨークだというのに大丈夫かと、良太を労りつつも、できれば渡米する前にきっちりさせたいという話だった。
部屋に戻る前に、酒の席での話で終わらないよう、良太は白河のマネージャーに電話をして、早速打ち合わせのアポを取った。
「今夜は白河がお世話になりました。そういえば広瀬さん、今度ニューヨークに行かれるとか」
俺の研修の話がそんなところまでいってるのか、といささか驚いてしまう。
最初事務所に電話を入れた時は、てんで相手にしない風だったマネージャーは登坂といい、肩書は現在白河夫妻の個人事務所であるオフィスS&Kの社長だ。
ここ数年大手事務所を離脱して独立したり、個人事務所を開いたりしているタレントや俳優が増えたが、いわゆる人気タレントや実力のある俳優であれば、フリーになっても仕事を選べるくらいでメリットは多いが、中にはやはり個人では営業もなかなか思うようにいかず、仕事が入らないため、大手事務所とエージェント契約をするケースもちらほらある。
白河は人気女優で夫の柿崎省吾もそこそこ仕事の切れないベテラン俳優だが、長年白河のマネージャーを務めてきた登坂は、完全に独立しても仕事がすぐに回っていけないかもしれないと見越して、前の事務所とはコネクションを残していたことで、数年前から白河が仕事に完全復帰して以来、スケジュールが数年先まで一杯、となったわけだ。
登坂にまた改めて連絡を入れることを伝え、電話を切ると、白河も工藤も箸を置いて話し込んでいるし、酒を空にしたら河岸を変えるかお開きにするかという雰囲気だったので、良太は先に清算を済ませてから座敷に戻った。
「あら、こんな時間。そろそろ帰るわ。今日は母が子供を見てくれてるんだけど、あの人すぐ寝ちゃうから」
白河は携帯を見ると、すくと立ち上がった。
時刻は十時を回っている。
もう来年小学校に上がる男の子だという話だが、両親ともに不規則な俳優業だし、白河も子供が生まれて三年ほどは仕事をセーブしていたようだ。
この業界ではあの夫婦はもう離婚間近だなどという噂もよくある話だが、確かに美男美女の確立が高い上に誘惑も多い世界だからよろめいてしまう者も多いのだろう。
「またご連絡します。お気をつけて」
大通りに出て、タクシーをとめると、良太は白河に声をかけた。
「ご馳走様。工藤さん、今度飲みに行こう、おごるわ。またね、広瀬少年」
白河はつややかに笑い、堂々と工藤を誘った。
クッソ、俺の前で!
良太は心の中でキリキリ喚きつつも、「お疲れさまでした」と走り出すタクシー頭を下げる。
第一何で、いつの間に、俺が広瀬少年、なんだよ。
アラサーだっつうの。
「寄ってくか?」
そこまでベビーフェイスじゃないぞ、と内心むっとしていた良太には、工藤の誘いに、「はい」という以外の返事はない。
どこへ寄るかというと、『オールドマン』、バーテンダー兼オーナーの前田の店である。
そういえば、忙しくて久しぶりな気がする、と良太は、広瀬少年、はひとまず置いといて少し気持ちが浮上した。
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