グラスのダイキリからライムの爽やかさが鼻をくすぐった。
久しぶりに訪れた古いバーは、ほっとするような穏やかさがあった。
工藤はストレートでラム酒を飲んでいる。
その隣に陣取った良太は、この店ではあまりしゃべらず酒を楽しんでいる工藤の邪魔をしないようにと、酒が入ると口が軽くなるのを極力抑えていた。
しばらくこんな風に並んで酒を飲むとかもないんだ。
たかだか三か月、されど三か月。
何らかの約束を交わした恋人というわけでもない、その間に工藤が誰とどうなろうと知ったこっちゃない、と言いたいところだが。
四月からの研修が近づくにつれ、良太の心の奥にあった何かしらの気がかりがここにきてはっきり見えてきた。
それはニューヨークでの仕事のことでも、東洋商事ニューヨーク支社次期社長となる怖いオバサン、もとい、宮下営業第一部本部長のことでもなく、結局のところ離れているうちに工藤が誰かとどうかなるんじゃないかってことだけなんだと。
「両親は心配してるんじゃないのか?」
ふいに工藤が聞いた。
「え、ニューヨーク行きのことですか? いやあ、もう全然、俺以上にわくわくしてくれてますよ」
京助に借りるアパートには部屋がいくつもあると聞いた亜弓などはGWを利用してちゃっかりニューヨークに来るつもりでいる。
「まあ、最初は森村にいろいろ教わっておけ」
「はい。モリーがいるんで心強いです」
以前、何かの時には必要になると工藤に言われて取得した国外運転免許証の更新もしたし、手続き的なことは抜かりはない。
二杯目を飲み終えた工藤がスツールを降りたので、良太も後に続き、地上への階段を上がって行く。
「早々に打ち合わせ、設定しておけよ」
「はい」
徒歩で会社に着き、エレベーターの中で工藤は言った。
何となく言葉が出てこない。
やはり白河のことが良太の頭の中で引っ掛かって、タクシーの中から工藤を誘った艶やかな笑みが消えてくれない。
デキ婚で、旦那とはお互い干渉しないみたいなことを言っていた。
それってつまり、不倫とかそんなことはどうでも、他に誰かいればそっちに乗り換えるのもあり、ってことだろう。
工藤のオファーには二つ返事でOKしたし、さっきの二人のようすからも昔から親しかった感ありありだった。
どうやら本人は嫌煙家らしいが、何とおあつらえ向きに工藤は良太やアスカらの苦情を受けて、あと、いつぞや検診に引っかかったこともあってか、煙草はやめたから、白河としてはネックだっただろう煙草の件もクリアしたわけで。
「お疲れさまでした。おやすみなさい」
お互いの部屋の前に立つと、良太は工藤に声をかけドアを開けた。
まったく、と頭からシャワーを浴びながら、工藤はイライラと口にした。
どうせまた、良太は白河のことをグダグダ考え込んで、口数も少なかったのだろうと、工藤は察していた。
まさか今夜白河を同行することになろうとは思ってはいなかった。
たまたま局でマネージャーと一緒の白河に出くわし、白河が今夜はスケジュールが早まって珍しく時間があるのよ、飲みにでも行かないと誘ってきたのだ。
今夜はゆっくり良太とメシだと思っていた工藤だが、ここで白河の機嫌を損ねてせっかく取り付けたオファーを無にするわけにもいかないという算段が働いた。
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