「おはようございます」
もう今更呆れるのも通り越して良太は言った。
「あら、おはようございます。千雪さん」
鈴木さんは千雪のことはいつでも歓迎なので、さっそくコーヒーを取りにキッチンに向かった。
「沢村、きっちり仕事しとるやん」
千雪は指定席のようになっている窓際のソファに腰を下ろした。
「お陰で午後からパワスポで急遽、特集の打ち合わせが入っちゃいましたよ」
文句を並べつつも良太としても晴れがましい気分はこの上ない。
「良太、ちょっと」
千雪はそう言うと良太を手招きした。
「何です?」
千雪のようすに良太は怪訝な顔で立ち上がった。
「あ、おおきに」
鈴木さんがテーブルにコーヒーを置くと、千雪は大抵の者はドキリとせざるを得ないきれいな笑顔を向けた。
「せっかく沢村のホームランでいい気分なんですから、ケチをつけるような話題はゴメンなんですけど」
良太はそう前置きして千雪の向いに腰を下ろした。
「工藤さんは?」
「MBCです」
「ほな、今日帰ってきはるんやな」
「まあ、でもすぐ出張です。アスカさんらと萩?」
相変わらず忙しいばかりの工藤は出ずっぱりだ。
「アスカさん、元気になったんやな」
「まあ、いつものアスカさんに戻りつつあります」
「真岡弁護士がな」
いきなりこれだ。
「悪徳弁護士がどうしたんです?」
「姿くらましたらしいねん」
「えええっ!!!」
これには良太も声を上げないではいられなかった。
驚きと落胆と怒りが一気に押し寄せる。
「捜査は三島のところまでは辿り着いたんや。せえけど三島が依頼主についてなかなか口を割らんし、小田弁護士経由で渡してあった三島と真岡弁護士が店出たところの画像を見せても知らぬ存ぜぬで、坂本に記事を書かせたことは吐いたみたいやけど、それ以外はいくつかの違法行為で送検するくらいやて」
それを聞くと良太は「他に何か真岡とのやり取りの証拠はでなかったんですか?」と喧嘩腰になる。
「それをよう証明しよらんのや! アホ警察は!」
千雪もカッカきて思わず拳でテーブルを叩き、カップが音を立てた。
ちょうどその時、ドアが勢いよく開いて森村が現れた。
「おはようございます! セーフ!」
壁の時計はまさしく十時を指していた。
鈴木さんがクスクス笑いながら、「おはようございます」と言った。
「あ、千雪さん、おはようございます」
だが良太と千雪に険しい表情を向けられた森村は笑顔を張り付かせ、思わず「すみません、遅くなりまして」とちょっと頭を下げる。
良太はふうと大きく息を吐くと、いいから座れ、と手振りで促した。
「そして今朝ほど担当刑事から、真岡が失踪したらしいとか言ってきよって」
一旦言葉を切った千雪は、「何やっとんね! ほんまに無能の権化や!」とまた怒りを露わにする。
「でも失踪って、どういうことです?」
「それが家族も知らん言う話で。しかも事務所の筆頭弁護士によると、今後はその弁護士に事務所を任せるとか、家族あての遺書もあって、まあ覚悟の失踪やないかと」
それを聞くとさすがに良太も眉を顰めた。
「つまり沢村の親や会社には一切関係ないってことで収めるつもりってことですか」
「いざとなったらの時のために、そういう逃げ道を用意しよったいうことやろ。ふざけんなや!」
また拳を固めた千雪を、良太はまあまあ、と今度は宥めた。
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