夢見月49

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 金曜に少し雨が降ったものの、当日の天気はからりと晴れた。
「よかったわね、お天気よくて」
 昼過ぎから出勤してきた鈴木さんも心なしか楽し気だ。
「ですね。昨日の雨も花を散らすほどではなかったし」
 良太は頷いた。
 工藤は名古屋で藤田とゴルフだが、夕方には戻ると言っていた。
 今回良太も誘われたのだが、工藤から研修のために忙しいと断ってもらった。
 昨夜はパワスポのカメラマンから、撮影のレクチャーを受け、そのあと下柳らとドキュメンタリー「和をつなぐ」でニューヨーク在住の人形師勝野彩佳と五月にボストン公演を予定している琵琶奏者の末永の撮影の打ち合わせが夜中まで続いた。
 チームのニューヨーク出張も何とか予算が出たが、少しでも浮かせるべく、五月にボストン公演を挟んで京助のアパートに下柳ら三人泊まってもらうことにした。
 勝野と末永には、撮影の前に良太が事前に取材をすることで承諾を得ている。
 着々と準備は整いつつあった。
 夕方四時過ぎには、アスカと秋山が早々とオフィスにやってきた。
「今夜、そんなにたくさん来るの?」
 駐車場までスペースを空けて、テーブルやライトを設置しているのを見て、鈴木さんに出してもらったシュークリームを食べながらアスカが聞いた。
「ええ、あちこちで広まってしまって」
 渡米前にやっておくべきデスクワークに勤しんでいる良太もいささか不本意そうに答えた。
「でも、年々豪華になってるじゃない、桜」
 良太のデスクの後ろまでやってきたアスカが、裏庭を見下ろして言った。
 裏庭は三メートルほどの幅でビルに沿って続いており、三本の桜は花見の会に合わせたように、ちょうど見ごろだ。
 とんでもない事件に巻き込まれたアスカも、すっかりそんなことは忘れたかのように、以前の彼女に戻っているように見えた。
 アスカと不倫などと騒がれた江藤の方は、マスコミにはばれていないようだが、実際の不倫相手であるモデルのリーナと実はまだ続いていたということが奥さんにばれて離婚危機らしいと業界内では噂されている。
「ばっかみたい、あのオヤジ。ほんとオヤジと不倫とか、気がしれないわ!」
 秋山とその話題になったアスカは言い放つ。
 オヤジ、という単語が、忙しくキーボードを叩く良太の耳にはきつく入ってくる。
 工藤をあてこすっているわけではないだろうが、その事実が余計に良太の心に刺さる。
 ちぇ、俺は俺、だ!
 心の中で反論しつつ、良太はしばらくデスクワークに没頭した。
 俄かに下がざわめき始めたのに気づいた良太は、区切りのいいところで切り上げて、階下に降りて行った。
 鈴木さんと森村が受付に立ち、客人たちが持ってきてくれた土産をより分けて、すぐに食べなくてはいけないものは、あらかた集まったところで設置してあるテーブルに持っていくことになっている。
「早速はせ参じたつもりだが、結構な人だね」
 ワインやケーキなどを持ってきてくれたプラグインの藤堂が庭の方を見て言った。
「今年もありがとうございます」
 ちょうど駆け付けた良太は、藤堂と一緒に来てくれた西口に声をかけた。
「何か、すごいですね、今夜のパーティ」
 西口がちょっと驚いたように言った。
「そうなんですよ、やたら広まっちゃって」
 庭の方に、香坂准教授や宇都宮の顔を認めて、良太はふっと一つ息をついた。

 


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