夢見月50

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「佐々木さんと直ちゃんまだ来てないんだ? そうそう俺、佐々木さんの留守の間、お茶のお稽古の時に、師匠と佐々木さんとビデオで話せるようにパソコン用意することになって」
 西口がニコニコと言った。
 西口は茶道人としての佐々木にいたく感激して、俺もやってみようかな、などとちょっと口走ったのを直子に聞かれ、門下に引っ張り込まれたのである。
「でも、最近先生すんげく厳しくて、俺、もつかなって心配なんだけど」
 佐々木が母親を心配して、西口に皺寄せが行ったらしいことを良太は少し気の毒に思った。
 矍鑠たるあの老婦人も、言葉では決して言わないものの、既にいい大人とはいえ初めて家を出る一人息子を内心では心配しているに違いない。
 いや、佐々木さんの場合、大人とかなんとかじゃなく、やたら人目を引くあの容姿にあの雰囲気が問題なのかもしれない。
 見目麗しさをコスプレで隠して大学デビューしたという千雪も、そこにいたるまでにはいろいろ災難にあってきたらしい。
 まあ、あの人はどうやら面白がって極端なダサオヤジを演じているし、周りをうまく使って悪知恵を働かせることに長けているからな。
 などと考えていたら、「えらい人やな」と背後から当人の声がした。
「あ、今夜はご参加どうもありがとうございます」
「パエリアといつものブルーベリーパイや」
 いかにも自分が作ったもののようにパイを差し出した千雪の後ろでは、京助が鍋ごとパエリアを手に持っている。
「うわ、いい匂い!」
 森村が感動してうやうやしく京助から鍋を受け取った。
「きれいな鍋やからこのままテーブルに置いてもええんやないか」
「はい、わかりました」
 千雪に言われ、森村は早速鍋を掲げて庭へと向かう。
「あら、シャンパン。いつもありがとうございます」
 京助にボトルを二本渡されて、鈴木さんがにっこりと受け取った。
「せや、良太、言うてないやろな」
 つと庭へ向かおうとして引き返してきた千雪が、良太に小声で聞いた。
「何をです?」
「多部にや」
 ああ、と良太は頷いて「言ってませんて」と返した。
 すると千雪はまた庭へと向かう。
 多部というのは、講英社の小林千雪担当編集者である。
 もとはと言えば、以前わけあって急に千雪が書けなくなったことがあり、ニューヨークに在住していたの頃、工藤が千雪に紹介したのが多部だったという。
 今では多部は千雪のプライベートも知ることとなり、ベストセラーも数本あるのだが、千雪は煮詰まると多部との連絡を絶って逃げ込む先が、この青山プロダクションのオフィスなのだ。
 多部がそれを知らないのをいいことに、千雪がオフィスで社員もどきになっている、というわけだ。
 この花見の会にも誘うな、という千雪の命を受けた良太だが、多部は工藤とはよく知り合った仲でもオフィスを訪れたことはない。
「まったく、千雪さんときたひには」
 良太がぼそりと口にしたのを、理香とともにやってきた速水が聞きつけて、「千雪ちゃんがどうしたって?」とすかさず聞いてきた。
 五所乃尾理香は、今度映画がクランクイン予定の小林千雪の小説で登場する茶道家元の娘のモデルである。
 今回、映画では太田美香子が演ずることになったが、実際の理香は華道家元の娘で、内容は違うものの小説の中での人物描写はほぼ理香そのものだ。

 


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