それだけ伝えると、工藤はいつものごとくすぐに切ってしまったが、良太の中では重かった気分がいきなり軽くなった感じだった。
「あら、よかった、良太ちゃん、ニューヨークへ発つ前に工藤さんたちお帰りになるのね」
鈴木さんの顔も幾分晴れやかになった。
「ちょっと長い出張ですものね。しばらく良太ちゃんの顔が見られなくなるから、皆さん寂しきがするのよ、きっと」
「電話やメッセージもだからなんですよ。良太さん、みんなに慕われてるし」
森村までがそんなことを言う。
「たった三か月だぞ?」
良太は苦笑するが、みんながそう思ってくれるのなら嬉しいかも知れない。
夕方、札幌ロケからの一行がどやどやとオフィスに現れた。
「よかった! ニューヨーク行く前に会えて」
奈々や志村、小杉や谷川も良太を取り囲んで、ニューヨークはどこに住むんだとやら会社は近いのかとやら、ニューヨークで公演をやった時に行った店にぜひ行ってみるといいとやら、日比野監督や脚本家の浅沼、撮影クルーまでが、良太に気を付けて行ってきてください、と、何やら名残惜し気だ。
いつの間に用意していたのか、鈴木さんがサンドイッチやおつまみなどの軽食とノンアルコールのビールやワインを大テーブルに用意してくれたので、ちょっとした壮行会のようになった。
お帰りなさいを言う間もなく、例によって電話がかかり、デスクでしばらく話し込んでいた工藤もようやく立ち上がって、鈴木さんからグラスを渡された。
撮影のスケジュールはあと二日は予定していた。
だが、良太が明日ニューヨークに発つことを聞いた日比野や浅沼を中心に、俳優陣も集中していつにもまして真剣に取り組み、早めに終わらせようとしてくれていたのを工藤もわかっていた。
「ようし、これでちょっと良太ちゃんの顔を拝めるぞ」
最後のカットを撮り終えたあとの日比野の意気込みに撮影陣も雄たけびを上げていた。
しばらくするとアスカと秋山もやってきて、場はまた賑わいだ。
みんなに囲まれて笑っている良太を見て、工藤も知らず笑みを浮かべた。
数年前、良太が面接でこの会社を訪れた日のことを折に触れて思い出さないではない。
リクルートスーツでビシッと決めたいかにも秀才といった顔の学生の中に、一人、もやしのようなひょろっとした、安物のスーツの肩が浮いているガキが混じっていた。
高校生を募集した覚えはないが、と工藤は一瞬思ってしまった。
骨のあるやつじゃなければ使えないと考えていた工藤は、履歴書もざっと目を通しただけだったし、よもやそのひょろっとした高校生のようなガキが残るとは思いもよらなかった。
俺の伯父貴は、と一言いえば、真っ先に逃げ出しそうなやつが最後まで残るとは。
それが社員のみならず撮影クルーや監督らにも可愛がられて慕われるようになるなど、ついぞ想像もつかなかった。
それに。
工藤は思う。
何より、あのやろう、俺を変えやがった。
ふと、良太が工藤の方を向いた。
が、ちょっと目が合っただけですぐにアスカに何か言われて、言い返している。
まったく、面白いやつ。
改めて認識して、フッと工藤は苦笑いした。
だから目が離せない。
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