ACT 1
桜の季節も過ぎ、樹々の鮮やかな緑のバリエーションが目に眩しく、行き交う風も爽やかな五月。
陽の光を浴びて颯爽と一人の青年が瀟洒な七階建てのビルのオフィスに入って行く。
髪はサラサラだし、細面の顔はまあまあ、姿勢を正せばきりりと目元涼やか。
身長は一七八はあるし、かつてはT大野球部のエースだったのだ。
天下のT大、というところがミソではあるが、在学中はそれでも野球部始まって以来の勝ち星をあげている。
猫のナータンと二人? 暮らし。
自分ではそこそこイケてる男、くらいは思っている広瀬良太に、もうひとつつけ加えるとすれば、そう、ただいま恋愛中、なのである。
その相手が可愛い女の子ならいざ知らず、例え広域指定暴力団中山組組長の甥で、業界では鬼のプロデューサーとか冷血感とか言われるオヤジで、しかも良太が秘書兼雑用係兼運転手を勤める会社の社長であろうが、良太は幸せの真っ只中なのだった。
そのオヤジに怒鳴られ、こき使われ、既に三度ほど入院した経歴を持つものの、ブーたれながらも、俺ってこんなに打たれ強かったんだー、と自分で感心しながら、良太はルンルン気分でそれに耐えているわけだ。
在京のキー局MBCで敏腕プロデューサーとして名を轟かせていた工藤高広が独立して興したのが、ここ乃木坂にある青山プロダクションである。
テレビ番組、映画の企画制作プロデュース及びタレントの育成とプロモーションが主な業務で、数名の俳優を抱え、社員数は少ないながらも不景気な世の中にあって業績は右肩上がりだ。
とはいえ、工藤の特異な出自故に会社は万年人手不足のため、工藤も良太も完全に仕事量過多で、今日も今日とて東奔西走を余儀なくされている。
「え、これからですかぁ? はーい、わっかりましたぁ」
携帯を切ると、「ったく人使い荒いんだからよー」と良太はついつい口にする。
コンビニで買ってきた弁当の残りを掻き込むように食べ終わると、良太は立ち上がった。
「良太ちゃん、お出かけ?」
キーボードを叩く手をとめて、鈴木さんが振り返る。
経理、庶務その他会社のこもごもを引き受けるおっとり優しい会社にとっては癒しの人材だ。
「あ、はい。社長が今から名古屋行けって」
良太はオーバーアクションで首をすくめて見せる。
「何かあったら、携帯に連絡下さい。戻りは明日になりますから」
「わかったわ。猫ちゃん、ご飯あげておきますね」
「よろしくお願いします」
もう四時を回ろうとしている。今からのぞみに乗っても、名古屋に着くのは早くて六時だ。
それからアパレル会社の本社広告企画部を訪ね、春から新部長となった高山に会う。
「株式会社サカエ」は、工藤がプロデュースする秋から放映予定のドラマのスポンサーである。
工藤はそのドラマのロケで旭川にいる。
青山プロダクション所属俳優の南澤奈々が主役の三人娘の末っ子を演じており、奈々はここのところすっかり人気も演技もいたについてきて、業界での評判は上々だ。
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