さらに沢村に至っては、昨年は三冠王には届かなかったが打率、打点の二冠の上にチームをリーグ優勝まで引っ張った立役者であり、さらにスポーツブランド、アディノのCMが評判を呼んで、プロ野球ファンならずとも、沢村のファンがどっと増えたのだ。
滅多にCMなど出たがらない沢村がこの仕事を受けるにあたり、佐々木がこのCMを手掛けるのであればなどとクライアントに注文をつけたため、コンペになった後、沢村の呪いなのか願いなのかがかなって、代理店プラグイン、クリエイター佐々木が携わることになったという裏話は知る人ぞ知るだ。
さらに、水屋を手伝おうと申し出ても、お茶をよく知らないようなでかい男がいても邪魔、ということでつまはじきされながらも、お茶席の待合なんぞをウロウロしている沢村が妙に機嫌がいい。
「俺なんか、師匠に稽古までつけてもらったからな」
「ほんとかよ」
良太は沢村を訝し気に見上げた。
「年末に佐々木家の大掃除の後」
「へえ」
「ついでに佐々木さんとの付き合いを申し込んだ」
へえ、と適当に相槌をうとうとした良太は「はあ?」と思わず声を上げた。
「それで? お許しが出たのか?」
茶の湯イベントのお師匠、佐々木の母親はかなり厳しい人だと、直子から聞いたことがある良太は驚きのあまりベンチから立ち上がった。
「とりあえずお試し期間?」
沢村が上機嫌なのはそれが要因らしい。
まさかそこを簡単にクリアするとは良太も思わなかった。
全くこの無頓着極まりない、能天気男め!
仮に日本シリーズでサヨナラホームランを打ってチームが勝ったとしても、ここまで機嫌がいい顔を晒すことはあり得ないだろう。
しかもこの茶の湯に沢村の母親が新しいパートナーと一緒に現れたのには驚いた。
沢村の父親と離婚したとは聞いていたものの、良太が沢村から聞いていた母親像からはかなりイメージが違う、陽気そうな人だった。
沢村もまさかここに現れるとは思わなかったらしく、最初は何か文句でも言いに来たのかと渋面を作っていたが、佐々木とは初対面ではなく、美術館で会ったことがあるようで、しばし絵の話で二人盛り上がっていた。
佐々木と沢村の母親同士が挨拶していたが、何ともはや。
「先生はもしかして火を噴いて怒るのかと思ったけど、何か平和でよかったあ」
良太が、ずっと心配していた直子だけには沢村から聞いた顛末をこっそり話すと、直子はそう言ってほっとした顔をした。
佐々木の母率いる一門は、このホテル内で初釜の茶事も行うということで、ピリピリしていた。
息抜きもかねて佐々木と直子、良太や沢村、藤堂や浩輔とともに一緒に昼を食べにレストランに向かった。
「だってお腹すいちゃってそれこそ動けない」
「俺も」
直子も佐々木も大きく頷いたが、さすがに軽めのランチにして、二人はそそくさとまた水屋に戻っていった。
「え、お前、初釜なんか、大丈夫なのか? 長いぞ」
良太と同じステーキランチを平らげた後、沢村が初釜に呼ばれているというので、良太は呆れて声を上げた。
「まあ、何とか?」
佐々木に一応一通り教わったというのだが。
「何人来るんだ?」
「さあ?」
「人数多いと足のしびれが半端ないぞ」
沢村は渋い顔をしたが、これも佐々木の母親の様子見の中に入っているのは確かだ。
もう一人、それを聞いていてみるみる顔を曇らせたのは浩輔だ。
「え、ひょっとして浩輔さんも?」
「初釜ってそんな大変な行事?」
そう聞かれて、良太は返答に詰まる。
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