車に戻る工藤の背中がほんの少し落ちてみえたのは、気のせい?
俺がいなくて少しは寂しいのかも、なんて、単なる希望的思い込みかなぁ――――――。
熱海に着いたのは昼を少し回った頃だ。
新宿から小田急ロマンスカーで小田原まで約一時間、東海道線に乗り換えて三十分。
温泉街は東京よりも随分温かかった。
目指す旅館は駅からタクシーで五分だ。
その旅館の裏手に従業員宿舎がある。
良太は二階建てアパートの二〇一号室のチャイムを押した。
「まあ、寒かったでしょう。さあさ、早く中へ入って」
満面の笑顔で出迎えた母の百合子は、正月にやってくる子どもたちのために腕を揮って御節を作り、待ってくれていた。
両手一杯の手荷物を下げて玄関を入ると、炬燵で父の良一が「おう、よく来たな」と良太に声をかけた。
宿舎は部屋数が十戸、全室一DKだが、贅沢をいわなければ良太や亜弓も十分泊まることもできる。
静岡の大学に通う亜弓は寮にいるし、家族揃うのは盆か正月だけであるが。
川崎で小さな自動車修理工場を営んでいた良一が、保証人倒れとなり、家も工場も差し押さえられて、逃げるようにこの地に来て四年とちょっと、 父も母も、毎日温泉につかっているせいか、肌もつやつやして以前よりも健康そうにみえる。
「お兄ちゃん、アライグマのスープ皿、持ってきてくれた?」
キッチンで吸い物を作っていた妹亜弓の、久しぶりの第一声はこれだ。
良太はうっと言葉に詰まる。
「それが……」
「ちょっと、まさか、忘れたとか言わないわよね?」
身内でなくてもきれいになったと思う、どちらかというと良太よりほんの少し、いやかなり気が強い亜弓がきりりときつい視線を投げかける。
「何ですか、亜弓、新年早々」
百合子が窘める。
「だって、あれ、キャンペーン期間限定なのよ! どこにもないのよ、手に入らないのよ!」
「悪い、仕事がたてこんでて……行ったらもう期間過ぎちまってて……」
「お兄ちゃんのバカ!! 絶対大丈夫だとか言ったくせに!!」
おそるおそる言い訳する良太に、亜弓が容赦なく責め立てる。
コンビニでやっていた『ポイントをためてアライグマのスープ皿をもらおう』キャンペーン。
亜弓の忘れずにゲットしてね、の電話に、おう、まかせとけ、と調子よく良太は応えたのだが。
「ごめん!! あのさ、代わりにミッキーのクリスマスプレート、買ってきたからさ」
「いらない!! そんなの!! あたしはアライグマのお皿が欲しかったのに!!」
良太は平身低頭でなだめようとするが、亜弓は良太の言葉など聞こうとしない。
「亜弓、お兄ちゃん、仕事で忙しかったのよ、わがままも大概になさい!」
母の一喝にも拗ねた亜弓はお玉を持ったまま、座り込む。
いや、仕事が忙しかったのもあるけど、それよりな、と少々良太は後ろめたい。
皿をもらう時間など作ろうと思えば作れたはずだが、工藤と喧々囂々の状態だったせいで、すっかり忘れてしまっていたというのが正しいのだ。
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