春雷11

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「ただ、酒飲みに来ただけだと言え」
 仕方なく空いている席に座ると、良太はちょっと沢村を睨み付けた。
 それには答えず、沢村は吟醸酒を開けるとグラスにトクトクと注ぐ。
 良太の前にグラスを置いて、沢村はカチンと勝手にグラスを合わせると、それをゴクゴクと飲み干した。
 全く、先ほどのアスカの時の再現のような展開に、良太はまた一つ溜息をつく。
「それで、何があったんだよ」
 仕方なく良太は切り出した。
 沢村はまたグラスに酒を注ぐ。
 全くさっきのアスカの仕草を見てきたかのように、沢村は注いだ酒を飲み干した。
 体格が違うとはいえ、水のように酒を流し込む沢村を、良太はある意味感心して見つめた。
「東洋グループのCMはもう終わったんだろ? こないだあのオバサン以外、誰も文句つけなかったし」
「ああ、まあ終わったっちゃそうだけど、編集作業とかも順調だから。あのオバサンの文句のお陰で、いい意味で全体を底上げできたし」
 先日、沢村を起用したCMプロジェクトの最終見極めともいうべき会議に、プラグインの藤堂、クリエイターの佐々木、良太に沢村本人も伴って、念入りに調整して東洋グループに乗り込んだ結果、顔を見せたほぼ全員がゴーサインを出す中、案の定、宮下東洋商事営業第一部本部長が一人文句をつけた。
 だが、取締役であり広報部長でもある綾小路紫紀が帰りがけ、良太にこそっと囁いたのだが、イメージを一段階パワーアップした雰囲気に、という宮下の意見はほとんど申し分ないに等しいのだそうで、良太も難関を一つクリアしたことにほっと胸を撫で下ろしたところだった。
「だったら、一度くらい宮崎に来てもいいだろうって話じゃないか」
 そうである、WBCに参加する沢村は十七日から宮崎でキャンプに加わることになっている。
 沢村を将来のパートナー候補として、佐々木の母親、淑子にも認めさせているわけで、たまには佐々木も沢村のキャンプ地に遊びに行ったところで、文句を言う者もいないはずだ。
「なんか、佐々木さんも行ってみようかみたいな話、してたじゃんか、スキーの時」
「それが、あの八木沼ヤロウのCMで、トラブったとかで、行くのは無理かもしれないとかって、佐々木さん」
「トラブルって、何があったんだよ?」
 佐々木のアシスタントの直子の話によれば、つい先日まで沢村と合同自主トレをしていたレッドスターズの若手人気スラッガー八木沼大輔選手を起用した朱雀酒造のノンアルコールビールのCMプロジェクトを電英社の今西という結構曲者の男が半ば強引に佐々木に押し付けたらしい。
 八木沼選手もWBCに参加予定であるからして、宮崎のキャンプまでには八木沼選手の撮影は終わっていなくてはならない。
 かなりハードだったが、何とか撮り終えたのだと、良太は直子から聞いたばかりだった。
「共演女優が不倫をすっぱ抜かれそうだって情報が入ったらしくて、急遽、キャストを変更することになったって」
「え、ウソ」
 昨年は俳優の水波清太郎の覚せい剤騒ぎで、いくつかのドラマやCMがキャストを変更して撮り直しをしたのだが、案の定佐々木も撮り直しで散々だったのだ。
 それがまた、今度は不倫疑惑で撮り直しとは、佐々木も運が悪いというか。
 なるほどそれで、佐々木のスケジュールが狂って、宮崎には行けないかも、と佐々木が言い出したので、沢村がここで管を巻いているというわけか。
 ったく、だからって何でここに来るんだよ! と良太は眉を顰める。
「ここんとこずっと会えなかったし、今夜も撮り直しで、スタジオだって言うから、迎えに行くつもりだったのに」
 沢村が駄々こねのような不満を口にする。
「バカかお前は!」
 思わず良太は沢村を詰る。
「何でお前まで佐々木さんと同じことを言うんだ」
 ムッとした顔で、沢村は言い返した。

 


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