春雷2

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 滅多に言葉を挟むことはないが、何度も撮影に立ち会ううち、監督やスタッフ、俳優陣それぞれの作品に対する考え方や動きなどが把握できるようになってくる。
 霧雨がかろうじてあがり、凍えるような寒さの中撮影が行われていたが、ちょうど休憩に入った頃、良太の携帯がポケットで唸った。
 森村からで撮影が思いのほか早く終わりそうなので、夕方までにはこっちに回れるということだった。
「それは助かる。そういえばモリー、次のADの仕事はいつからだっけ?」
「あ、ええ、夏前に一度集まることになっているんですけど、あ、でも、もしこっちが忙しければ、向こうは俺がいてもいなくてもたいして変わらないし」
「何言ってるんだよ、やりたいのはそっちの仕事なんだろ? こっちはあくまでもバイトでいいから、遠慮しないで言ってくれよ」
「ありがとうございます」
 電話を切ると、いつの間にか陽が落ち始めていた。
 これは亜弓との約束である三越のライオンの前に六時までには撮影が終わらないかも知れないと、良太は思う。
 そこへうまい具合に森村がやってきた。
「妹さんとの約束、もうすぐですよね。行っちゃっていいんじゃないですか? 突拍子もないことが起こらない限り、連絡しませんし」
 良太は笑った。
「悪いな。この近辺でメシ食う予定だから、突拍子もないことじゃなくても、何かあったら連絡入れろよ」
 そう言うと、監督に挨拶をしてから、良太はロケ現場を離れた。
 人混みをぬって、デパートの前まで慌てて駆けつけた良太は、亜弓の姿を見つけたが、その横に立っている男に気づいた。
「悪い、遅くなって」
 約束より十分遅れで走り寄った良太に、「わかってるわよ。ロケだったんでしょ?」と言う亜弓は、良太が知る亜弓より何となく大人びて、尚且つ兄の贔屓目だけでなく綺麗になったような気がした。
「紹介するね、本宮正紀さん。同じ研修に来てたの」
「どうも、亜弓の兄の良太です」
 男の出現にはちょっと不意打ちをくらったものの、良太は卒なく自己紹介した。
 すると本宮は満面の笑みを浮かべて、「お噂はお聞きしてます。本宮と申します」とハキハキとしたテノールで答えた。
 自分より五センチは目線が上だと、良太は本宮を見た。
 鍛えているのだろうしっかりした体躯にスーツもよく似合う、きっぱりとした二枚目という感じの男だ。 
 自分に紹介するということは、今までの経験から亜弓はおそらくこの男と付き合っているのだろうと良太は理解した。
 ただ、ここ数年そういうことはなかったのは、やはり家のことで色々があったからだろう。
 母親からは亜弓が付き合っている相手がいるらしいと聞いたことはあるが、紹介するまでもなかったようで、宇都宮に会ってから夢中になっているらしいのを良太は密かに心配していた。
 両親はまさしく能天気なだけあって、どんな環境にあっても二人で楽しく生きて行ける人達だが、家族の中で一番しっかり考えているのは亜弓だろう。
 奨学金はもらっていたのだが、亜弓は家のことを考えて、一度は大学をやめようとさえしたこともある。
 今は社会人になり、教師として生き生きとしている気がしていた。
「あ、ちょっと待って、食事、一名追加してもらうから」
 良太はポケットから携帯を取り出した。
「あ、申し訳ありません、急に」
 本宮はすまなそうに言った。
「フレンチとかでも大丈夫かな?」
「はい、俺は何でも」
 たまには亜弓をちゃんとしたところへ連れて行こうと思った良太は、先日竹野を接待したレストランを予約していた。
 ダメなら他を当たるしかないかと思いながら店に電話を入れてみると、すぐに追加してくれた。


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