「まあ、じゃあ、ほんとにその方近しい方がいらっしゃらなかったのね。疎遠になってしまっているとお孫さんもそんなもんなんでしょうかねえ」
「子や孫がいても今時はそんなもんなんだろうな」
鈴木さんが平造としみじみと語っている間に、良太は小田に電話を入れた。
「お忙しいところ、すみません、実は別件でまたお願いしたいことがありまして」
ちょうど小田もいたので、平造のことを話すと、そういう案件は安井が得意なのだと、時間を合わせて安井が平造と一緒に警察に行ってくれることになった。
安井が午後に車で迎えに来てくれるというので、良太はそれまでゆっくりするように平造に言った。
しばらく平造は鈴木さんと話し込んでいたが、やがて鈴木さんが仕事に戻ると、「そう言えば良太ちゃんや」と声をかけてきた。
「はい?」
良太は顔を上げた。
「こないだ皆さんに絵やなんかを見てもらった時に、藤堂さんが作品の保管方法なんかでわからないことがあれば聞いてくれっておっしゃったんで、つい先日連絡したら、保管やら絵の扱いに詳しい専門業者さんを連れて藤堂さん来てくださったんだが」
「あ、そうなんですか。藤堂さん、ギャラリーの方で芸術には詳しいんですよ」
常に忙しい藤堂がわざわざ出向いてくれたのだと良太はまた礼を言おうと思う。
「らしいですな。まあ、絵なんぞはどれも大事に扱っとったつもりだが、季節に合わせて壁の絵を交換したりしとった。ただ、こないだも二階の部屋までは見せなかったが、社長の部屋には今はビュッフェの絵を飾っておりますがな」
「ああ、ツンツンした絵でしょ?」
「あの絵に換える前は、あそこに、ほれ、ええ、モディリアニって画家のデッサンが飾ってあってな、杉田さんが言うには、あれは先代の旦那さんが気に入ってそこにずっと飾っとったらしい」
「え、そうなんですか?」
工藤の部屋にはビュッフェの前にモディリアニのデッサンが飾ってあったんだ。
漠然と良太は絵を思い浮かべた。
森村も知っていたモディリアニという名前を、さすがに良太も覚えざるを得なかった。
「じゃが、千雪さんがな、モディリアニって画家の希少なデッサンだから、たまに換えた方がいいんじゃないかって言うんで、その時ビュッフェの絵に換えたんじゃが、藤堂さんも色が褪せる可能性があるとおっしゃるし、一緒に来た業者がこないだ絵を見せた部屋を保管庫として温度や湿度まで管理できるようにリフォームしてくれることになりました」
千雪さんが?
良太の思考はそこで止まった。
千雪さん、モディリアニは、平さんに見せてもらったって言ってなかったか?
冷たい北風が胸を吹き抜けるのパートツー?
何かにぎゅっと心臓を掴まれたような気がした。
勘違いなんてないよな、千雪さんが。
俺がツンツンしたビュッフェの絵を見たように、あの部屋で千雪さんは、あのモディリアニを見たんだ?
それを俺に言うのが後ろめたかったとか?
やっぱね。
何かあったに違いないって勝手に俺が思うのと、リアルな証拠を突き付けられるのとではちょっと違うよな。
だから、京助さんがあんなに工藤に対して目くじらを立てるわけで。
まあ、千雪さんにとっては昔のことなのかも知れないけど、工藤はやっぱり千雪さんに思いがあったんだ。
置いて逝かれたちゆきさんと同じ名前ってだけじゃなく、素の千雪さんなら工藤じゃなくても引き寄せられること請け合いだし。
やっぱ、工藤にとっては今もそうなんだ、きっと。
ま、んなことはわかってたことだし。
工藤との関係なんて俺が引けば終わることだしさ。
「おっはようございまあす!」
良太がグジグジと考え込んでいたところへ、明るい声とともに元気過ぎる森村が入ってきた。
「あれ、平さん、おはようございます」
森村は平造に気づいてにっこり笑った。
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