時間は人の思いなんかそっちのけで過ぎていくし、どんなにこのままずっとこうしていたいなんて言ってみたところで、無慈悲にも朝はくる。
ほんと、沢村の気持ちが嫌ってほどわかるって……
やたら眩しい光に目が覚めた良太がむっくりベッドに起き上ると、工藤はとっくにルームサービスでとった朝食を済ませ、きっちりと身だしなみも整えて窓際のソファで新聞を読んでいた。
「おはようございます」
「食うか? 冷めたから取り換えさせるか」
テーブルの上の朝食を指示して、工藤が聞いた。
「いいです、それ食べますから」
良太は慌ててベッドの上に引っかけてあったバスローブを引き寄せて羽織ると、バスルームに飛び込んだ。
歯を磨き、顔を洗った良太がふと鏡を見ると、あちこちに派手に残された昨夜の痕に気づいて赤面せざるを得なかった。
なんか夕べ、工藤、無駄にエロくて、しつこかったよな………
お蔭でまだ身体は自分のものではないみたいだ。
時間はとっくに十時を回っていた。
とにかく身支度を済ませると、良太は工藤の向かいに座って冷えたオムレツをつつく。
温野菜のサラダもクロワッサンもなかなか美味しくて、ポットに入ったコーヒーはまだ温かかった。
何も言わずただ新聞に目を通しているだけだが、そんな工藤とこうして共有できる時間が少なくなりつつあるのが惜しくて、良太はゆっくりとコーヒーを飲む。
でもこれから工藤ヨーロッパ行っちまうし、朝のコーヒー一緒に飲むなんて当分ないよな。
心の中で呟いた朝のコーヒーなんていう古めかしくも定番な言葉に、かえって良太はこっそりまた頬を赤らめて恥ずかしくなる。
昨夜、宇都宮と思いがけず野球談議で盛り上がり、日がな一日真っ黒になって野球三昧だった子どもの頃の自分を思い出した。
そもそも、こんな海千山千のダーティなもろ一般人とはかけ離れたオヤジと、野球小僧でごくごく一般庶民な自分との取り合わせってのが、考えてみると実に奇妙な話なのかもしれない。
どう考えてもこんな男の相手には華やかな業界人か、でなくても桜木ちゆきのような才色兼備ってとこだろう。
桜木ちゆきの写真は、工藤の同期である弁護士の小田の事務所で見せてもらったことがある。
はっきりした面立ちの美人で、工藤の隣で幸せそうに笑っていた。
そう、工藤もまた良太が見たこともない穏やかな表情をしていたのだ。
俺なんかでは、工藤にそんな風な顔をしてもらうことはできないだろうけど。
ひょっとして唯一それができるかもしれない小林千雪はあの男が離そうとしないし。
ま、考えてもしょうがないっか。
だって、今ここにいるのは俺で。
昔っから、俺の取り柄は一生懸命ってだけなんだからな。
その時、無粋な電話が良太の切ない思いを遮った。
「ああ、おはようございます、坂口さん。ええ、午後の便です。わかりました、十二時に下のブフェ・レストランですね」
工藤は携帯を切ると、腕時計を見た。
「十一時半か。ランチでもうちょい話を詰めたいらしいが、お前はどうする?」
「え、行きます。コーヒーだけでいいですけど」
ちぇ、お蔭で時間ないじゃん。
心の中だけでぶーたれながら、良太は立ち上がった。
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