「起きろ! 良太!」
耳元で怒鳴られて、良太はようやくからだを起こした。
「れ、ライオンのお手……」
「何を寝ぼけてるんだ」
見回すと自分のベッドの上で、傍らに立つ工藤は、とっくにスーツで決めて仕事モードに入っている。
「ちぇ、何だ、夢か……」
「とっとと起きて、すぐに成田に行け」
「えっ! やっぱ俺もアフリカ行くんですか?」
「バカ、ヤギのやつが夕べオフィスにチケット入れたウエストバッグを忘れたんだと。昼のフライトだからな」
「うわ、もう九時半じゃないすか!」
良太は慌ててシャワーを浴びると、髪の手入れも手櫛でそこそこに部屋を飛び出した。
「ったく、何が、仕事はいい加減に切り上げろだよ。人づかい荒いのは誰だってんだ」
朝っぱらから好き放題やりやがって、自分はさっさと紳士面決めやがって。
タフ過ぎる!
あーあ、心配して損した。
ひたすら車を走らせて空港に辿り着くと、慌てふためいてバッグを届けに走りこんだ良太を見つけて、呑気そうに、おーい、ここだー、と手を振るやっぱりタフなオヤジが一人。
「すまないな、良太ちゃん。助かったよ」
夕べは工藤とかなり呑んだはずだろ。
全く、どうしてこうみんな泰然自若としていられるのか。
横を見ると、どデカいバックパックを前に立つ有吉がまた一段とワイルドだ。
良太を見てひとこと。
「フン、まあ、能天気ってやつだけは、撤回してやるよ」
「はあ?!」
またしても頭が沸騰しかかった良太に「ちょっとこい」と有吉が指で招く。
「なんすか?」
思い切りしかめつらで傍によると、有吉はいきなり良太のシャツの襟を直し、無造作に結んできたタイを抜き取ってぎゅっと締め、きれいに結びなおした。
「よし。行っていいぞ」
「はあ、ども……」
慌てていたとはいえ、良太は身だしなみをおろそかにした自分に反省しきりだ。
「ああ、工藤に言っておけ。部下の襟もとはきちんとさせろってな」
「これは、俺が慌てて今朝、悪いのは自分ですから!」
せっかく親切に直してくれたと思ったのも束の間、工藤の文句を言われて良太はまたカッとくる。
有吉はにやにや笑いながら、「土産期待してろよ!」と怒鳴る下柳に続いてチェックに向かった。
「有吉がどうしたって?」
夕方、オフィスに戻ってきた工藤に、良太は有吉に対する文句をぶちまけた。
「そりゃ、腕のいいカメラマンで経験もあるんでしょうけど、性格悪過ぎ! なんだか知らないけど俺に突っかかってきやがって。今朝も空港で……」
「空港でどうした」
良太はいいかけて口ごもる。
自分のことならまだしも、自分のせいで工藤の悪口を言われたなんて。
「いえ、俺、今朝慌てて出てったから、タイもちゃんと結べてなくて、そしたら、直してくれたのはいんだけど、襟元くらいきちんとしろって……」
「襟元?」
怪訝そうに良太を見た工藤だが、有吉の言葉の裏を読んでハハハ、と笑う。
「何すか? 俺、そんな、変ですか?」
いきなり笑われて、良太はぶすくれる。
「いや、身だしなみはきちんとしろよ」
工藤は良太の襟元にちょっと指を差し入れ、その頬をぺちっとはじく。
「おい、今夜は久しぶりにまともな飯を食うぞ」
「あ、はい。『夕顔』? 俺もすんげ久しぶりだ」
美味い物の前には、嫌なことはふっとんで、良太はいそいそと工藤の後に続いたのだった。
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