そんなお前が好きだった2

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 響の高校の一年後輩になる。
 もっとも在学当時元気とはこんな親しげな口を聞く間柄ではなかった。
 父親の急逝で東京から戻り、いきなり父親の店を継いだという。
 この店に立ち寄って元気の話を聞いていると何となく自分と似たルートを辿っている気がして、以来何となく話すようになった。
「手が冷たくなるから、やなんだよ」
 響が眉を顰めて言う。
「手袋しなさいって。ピアニストの命でしょ」
「きらいなんだよ、手袋とか」
「わがままなんだから」
 元気は柔らかく笑い、熱いカフェオレを響の前に置いた。
「しっかし、増えたよな、ガイジン」
 両手を温めるようにカップを口に運んでから響は思い出して言った。
「んとに、何が面白いんだか」
「ガイジンって」
 元気はそんな響を見てクスリと笑った。
 年下のくせに、小さな喫茶店でも一国一城の主である元気の方が自分よりしっかりしているし大人だと響は思う。
 高校時代から元気の学年には、何故か自己肯定感の高いやたらしっかりした生徒がいた。
 筆頭の元気はサッカー部やスキー部に籍を置き、アルペン競技でインターハイにも出場すると思えば、文化祭にはバンドを率いてギターを披露するしで、その容貌も手伝って女子生徒に騒がれるだけでなく、男どもにも人気があるとにかく目立つ連中の一人だった。
 今、響と同じく母校で美術の講師をしている東も文化祭にどでかい絵を描いて庭に置いて教員たちと大喧嘩したりと、また別の面で独立独歩、注目を浴びていた。
 卒業式に出たせいか、ふっと当時の情景が脳裏を掠め、響はそんな自分に苛立ちを覚える。
『さらば友よ!』
 卒業する響が、惰性でみんなのあとに続いて校門への道に立った時、寒とした空気を震わせて生徒会長のはっきりと通る声が響き渡った。
 ……あいつも騒がれたうちのひとりだったな。
 友よ、いずれの日にか山窮水尽の地に立ちて、己が道を顧みるとき、
 思い出さんかな、限りなき理想をともに追いし日々を
 友よ、忘るなかれ、今ここに歌いし別離を
 時の生徒会長の重々しい内容の掛け声に続いて在校生による伝統のしめやかな別れの歌が続く。
 戦前にはドイツの学校と交流があったらしく、何故かドイツ語が混じっている。
 卒業式が終わったあと、門までの道に立って卒業生を送るこの儀式は今日に至っても未だに続いている。
 この呼びかけの言葉を、クサすぎる、と響は言い捨てる。
「俺も当時はそう思ってたな。歌もマイナーで暗いし。何かテレみたいなものもあって、卒業式も大騒ぎしましたけどね、思い返すと妙に厳粛な気分になって、騒いで申し訳なかったかな、なんてね」
 元気は響を諭すでもなく、独り言のように言った。
 卒業生を送る別れの歌にしても古きよき時代の名残とはいい難く、戦地に赴く学友を送り出した悲壮な思いが背後にあったという話も聞く。
 響も口ではバカにしたことを言ってみるものの、実のところ忘れることができないのがもどかしいくらいだ。
 だから、卒業式なんか嫌いなんだ。
「そういや、響さんたちの卒業の時って、俺ら送る側、井原のやつがメチャ、マジだったんで、俺らまで背筋のばしちゃって、いつもの儀式なのに妙に真剣だった気がするな」
 元気の口から、なるべく思い出したくなかった当時の生徒会長の名前を言われて、響は心の中でたじろぐ。
「響さん、音楽部で一緒だったでしょ? 井原と卒業してから会いました?」
 問われて響は言葉に詰まる。
「いや」
「え、そう? 井原のやつ、大学行ったら絶対響さんとまたセッション組むんだとか、言ってたのにな」
 響は思いがけない話に元気の顔を見上げた。


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