「まあ、ガチでピアニスト目指す人と趣味でやってるやつらじゃ、無理ってもんか。俺も大学時代はたまに会ってたりしたけど、ほら、あいつ、お星様狂いで留学しちまったし、俺もバンドとかやってたからお互いあれから会ってなくて。あいつ、まだ留学してんのかな」
「留学……って、どこに?」
元気のセリフについ響は前のめりになった。
「イエール大って言ってたかな」
「へ…え」
あいつ、日本にいないんだ。
だからって、何でガッカリするんだよ、俺は。
響は自分に突っ込みを入れる。
あいつ、井原の声は今も耳に残っている。
あの時、はじかれるように顔を上げると、真っ直ぐな視線が響の目に飛び込んできた。
響はそれをそらすことができず、立ち竦んでいた。
ふう、と響は息をつく。
それももう昔の話だ。
卒業以来会うこともなければ、消息も知らない。
だが、この街に戻り、はからずも母校の講師の仕事を依頼され、つい受けてしまったのは、やはりあいつの残像をつい追ってしまったからだろうか。
バカな話だ。
隅のテーブルにいた客がレジに立つ。
ありがとうございました、と元気がニッコリ笑顔を向けると、バックパックを背負った欧米人のカップルは機嫌よさげに出て行った。
店内が二人だけになると響は店内を見回した。
「そういえば紀ちゃんは?」
「彼氏と旅行」
いつもはアルバイトの紀子が賑やかに元気をアシストしているが、今日は朝から一人でてんてこ舞いだという。
だが、あくせくしてるようには見えないのが元気の不思議なところだ。
「んで、お前のカレシはまた海外とか?」
元気はすました顔をしているが、響のセリフに目をすっと細めた。
「カレシとか、東のマネ、しないでください」
「だって、事実だろ? 今のご時世、あっけらかんと男男交際、いいんじゃね?」
「俺は別にあっけらかんとかしてません」
郷里に戻った元気を追いかけて近所に移り住んだという新進気鋭のカメラマン豪は、はっきり言って周りのことなどお構いなしに、元気に首ったけだ。
わざわざ説明が必要ないほど、一目瞭然である。
「元気を筆頭に超目立ってたお前らの学年もだけど、俺のいっこ上の学年もパワフルだったから今でも語り草になっているやついるよな。サッカー部の松田とか、生徒会長やったすげー女いただろ、高原だっけ? それに比べると俺らの学年は地味でネクラで、思い出すやつなんかいない」
熱いカフェオレを飲みながら、響はさりげなく話題を変えてみる。
「響さんだって目立ってたじゃないですか。文化祭で華麗なピアノ、覚えてますよ」
「あれは……井原のやつに無理やりのせられただけだ」
自分で井原の話に戻ってどうする、と響はまた自分で突っ込みを入れる。
「うーん、高校のとき目立ってたからって大物になってるわけじゃないですからね。ほら、例えばしがない喫茶店の主とか」
元気は笑う。
「ウソつけ。ほんとはGENKIのメンバーだったんだろ? 日本中誰でも知ってるロックグループの。暮れにこの店、GENKIのライブハウスになってたんだって? 東から聞いたよ。そんなメジャーな仲間がいて、何でこんな田舎街に戻ってくるんだよ」
ついイラついた言葉が出てしまう。
「俺は、生涯、この店が城ですよ。響さんこそ、いい加減講師なんかやめて、中央に出て行ったらいいのに。響さんのピアノを待ってる人たちのためにも」
「んなもん、いるか」
淡々と語る元気に対して、響はあまのじゃくに反発する。
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