そんなお前が好きだった4

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「またまた、ロン・ティボー国際コンクールで優勝して、ショパンコンクール優勝候補だったくせに。指だって怪我なんかしてないんだし」
 元気は響のあまのじゃくに笑みを浮かべた。
「ロン・ティボーなんか業界の連中しか知らないし、第一、最近ショパンコンクールで二位ってやつが出たんだから俺のことなんかとっくに神代の昔だって」
 一時、響の優勝は日本でも話題にはなった。
 だが、その後ショパンコンクールに出場する予定だったものの、階段から落ちて大腿骨を骨折し、出場はお流れになった。
 どこでか話が歪曲されて、指を怪我してもう弾けなくなったなどという噂が流れた。
 それから、響はベルリンに渡り、地味に演奏活動をしていたが、もうコンクールに出ようとか、そういう野望は空の彼方に消え去った。
 だが何年目かのベルリンでいい加減ウツになりそうな気がして、祖父の訃報にはショックを受けたが、葬儀をきっかけに急遽この田舎に戻ってきて以来、元々ピアノの練習のためにずっと使っていた離れに向こうから送ったピアノを入れてピアノ教室を始めた。
 小さい街のことだ、ちょっと変わり者がいると、噂は街中を一人歩きしてしまう。
 海外から戻ってきた和田家の息子は髪を振り乱してピアノを弾きまくるかと思えば、真夜中徘徊するキメラだ云々。
「キメラってな………」
 溜息も出ようというものだ。
「そういえば髪、切っちゃったんですね」
 以前は肩くらいまで伸ばし放題、しかも元気のようにCMに出ていそうなサラリとしたきれいな髪ではなく、あちこち飛び跳ねていて結わえていてもまとまりにくい。
「高校生なんかの前にあんな頭で行ったら、格好の笑いネタにされたんだよ」
「柔らかい巻毛で、いいと思うけど。俺も長いですよ?」
 元気は微笑んだ。
「お前はきれいだからいんだよ」
「響さん可愛いじゃないですか」
「可愛いとか言うな。ロックスターならな。第一、真夜中徘徊って、うちのニャー助が窓から飛び出して、それこそ頭振り乱して探してたんだよ」
 手振り身振りで響はぶちまける。
「なるほど、で、猫、見つかりました?」
「何時間も探して途方に暮れて家に戻ったら、あのやろ、ちゃっかり部屋で置いてあったカツブシにがっついてたよ」
 ハハハと元気は笑う。
「笑え笑え。くそっ!」
 身長的には一七六はあるのだが、小づくりな顔と白い肌、細い骨格から華奢に見える響は、結構毒も吐く。
「しかしもったいないな、天才的なその才能を」
「だから、もう人に聴かせる気はないの」
 元気はいかにも残念そうに、下げてきたカップを洗う。
 すると外に足音が聞こえたと思ったら、ガンとドアが開いてどかどかと男が入ってきた。
「うーーーー、さぶぅ! ああ、やっぱここにいた。キョーセンセ、とっととフケちまうんだもんな」
「東、終わったんか? 卒業式」
 元気が入ってきた男に声をかける。
「おう。すんげー雪んなってさっむいのなんの、あっついやつ頼むわ」
 雪を払いながらぐるぐるに巻いたマフラーだけとると、東は響の横に座った。
「卒業生がキョーセンセのこと、探してましたよ」
「なんで?」
 響はモコモコ着こんだ東に聞き返した。
「そりゃ、最後にキョーセンセの顔が見たいに決まってるやないですか」
「こんな顔見たって面白くも何ともないだろ」
「わかってないなー、もう」
 東は眉をひょいと上げてみせる。

 


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