そんなお前が好きだった52

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 いつもの井原だ。
 土曜日、急にクラウスが現れて、しかも井原といる時に、響は内心焦り、イラついた。
 井原は響の説明を額面通り受け取ったわけではないような気がした。
 何か言いたげな顔をしていたが、今日のあのようすではさほど気にもしていないのだろう。
 響は井原の表情が気になっていたので、少し拍子抜けしたものの、まあよかったと胸を撫でおろした。
「また、来てたのかよ、あいつ、暇だな」
 演奏が終わってサッカー部に向かう寛斗が、響の横を通りすがりに面白くなさそうな顔で言った。
「井原のことか? 気になるんだろ、元音楽部長としては」
「気になるのはあんたのことだろ?」
 響の説明に寛斗は少し声を荒げた。
「何言ってるんだよ。とっとと練習行け! せめて一回戦くらい突破しろよ!」
「うっせえよ!!」
 笑いながら響が振り返ると、不意に寛斗の背中をじっと追うような瀬戸川の視線に出くわした。
 響に気づくと、瀬戸川は我に返ったように、新一年生に向かった。
「今日の演奏で気づいたことなどあったら、遠慮なく意見言ってください。来年は皆さんが主体になるので、その時の参考にもなると思います」
 心なしか、切ない目をしていた。
 普段しっかりしている瀬戸川の、不意の脆さを垣間見た気がして、響は思い切り自分の昔がオーバーラップした。
 やはり、瀬戸川は寛斗が好きなんだ。
 瀬戸川が寛斗に告ったとしたら、俺にバカみたいなことを言っている寛斗も目が覚めて、瀬戸川を見るようになるだろうか。
 瀬戸川はどうするのだろう。
 俺のように腐らせてほしくはないとは思うのだが、俺がしゃしゃり出ることもできないしな。
「ガリレオ先生って、なんか、表情がくるくる変わるんだよね」
「そうそう、すごくきりっとして物理学博士って感じで専門用語まき散らしてたのに、昼休み、携帯でニャンコの動画見てほんとに泣いちゃうし」
「きゃ、ウソ、可愛い~、ギャップ萌え!」
 ガリレオというキーワードが耳に引っかかって、響は部活が終わったあときゃぴきゃぴ騒いでいる女子三人を見た。
「井原先生がどうしたの?」
 一年女子よりも先に井原ファンであると言いたげな瀬戸川が口を挟んだ。
「後ろ脚がマヒしてた仔猫がリハビリで動くようになったって動画」
「お昼にあたしたちが見てたら、ガリレオ先生がどれどれって」
「見たらポロって泣いちゃったんです、先生」
 瀬戸川は笑顔で、「涙もろい人は優しいのよ」と言う。
「喜怒哀楽がはっきりしてて、何か少年のままって感じですよね~」
「オッサン臭くないし」
「柿下センセのが、ずっと上みたいじゃない?」
 女子三人のおしゃべりと笑い声は音楽室を出た廊下からも聞こえていて、響はついクスリと笑う。
「若いわ~、あの子たち見てるとオバサンになったって気がする」
 チェロをケースにしまった瀬戸川がぽつりと言った。
「十七歳でオバサンとか、やめてほしいけど」
 響は軽く抗議した。
「感覚的なものです。あたしも一年の頃はあんなだったかなとか」
「俺なんか君らを見てて、俺の高校時代はもっとガキっぽかったかなとかいつも思ってるけどね」
 瀬戸川は笑った。


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