確かに青山は技巧的には巧い。
だが、曲の理解度でいえば、この曲に関わっている時間が長いだけ寛斗の方が高いだろう。
それに。
瀬戸川は寛斗と一緒にコンクールに出たいに違いないのだ。
「技巧を取るか、曲の理解度を取るかでいえば、多少下手でもお前の方がいいと思うが」
「ちぇ、多少下手でもって、何だよそれ」
寛斗は苦笑いする。
「いや、お前、真面目にやってたからうまくはなったぞ? あとは、他のパートの音をよく聴けばいい」
「ふーん」
見下ろしてくるのはやはり十七歳の顔だ。
「しかし、大丈夫か? こっちとサッカー掛け持ちで」
「俺の体力は半端じゃないんで」
寛斗はニヤッと笑う。
「それよりさ、井原のヤツ荒川センセと付き合ってるって?」
避けたい話題を振る寛斗に、響の顔は曇る。
「これで、ガチであんた口説けるよな」
わざと響の耳元で囁いて、寛斗はサッカー部が練習するグラウンドへと走って行った。
「あいつ、まだあんなこと! これでってなんだよ!」
イラついて響は口にした。
「お先に失礼しまあす」
やがて口々に声をかけて一年生が出て行くと、眉根を寄せたまま、響はまだ練習を続ける瀬戸川と志田、榎のところへ歩み寄った。
「川口さんがチェロやってみたいんですって」
瀬戸川が言った。
「やってみるのはいいけど、楽器をどうするかだよな」
瀬戸川のチェロや志田のヴァイオリンは自前だ。
準備室には管楽器が主で、弦楽器はない。
「親に頼んだって言ってました」
瀬戸川が言った。
「チェロって結構するんじゃないか? 部活でやるだけならどうだろうな」
「川口さん、お母さんがこの街のセレブなんですって。だからモノにならなかったら、チェロは音楽部に寄付するそうですよ?」
志田が言った。
「太っ腹だな」
響は笑った。
「週末に買いに行くって言ってました」
「けど、俺は弦楽器の専門じゃないし、やっぱそっちの専門家にも来てもらわないとだめじゃないのか?」
考え込む響に、「川口さん、自分で教室に行くみたいだから大丈夫です」と瀬戸川が言った。
「私が教えてもらってる先生、紹介しました。それに、部活内なら私ができる限り指導しますよ」
「受験生にそこまで頼めないよ」
響は瀬戸川の発言に驚いた。
「息抜きも必要だから、毎回じゃなくてもね」
「それに、あたしも少しは役に立つかと思います」
志田も同じ弦楽器だからと言う。
「何か俺、立つ瀬がないな」
響は笑って、じゃあ、お願いします、と頭を下げた。
「先生、あたし、先生のピアノ、ちょっと聞きたいな」
唐突にそんなことを榎が言い出した。
「先生、授業でもさわりとかしか弾かないし」
高校時代は昼休みなどによく弾いていたのだが、教える立場になってから、響はこの学校でフルに曲を弾いたことはなかった。
学校はあくまでも生徒が学ぶところだと思っているからだ。
「ショパンが聞きたい」
志田が言った。
「先生が今弾きたいって思ってるヤツ」
瀬戸川までが期待に満ちた目で響を見た。
「学校は生徒が主役だからな」
「今は放課後だから、いいんです!」
三人にせっつかれて、響は仕方なくピアノの前に座った。
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