雪の街6

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 しかし、ロシアに帰って以来音沙汰もない父親と一緒に暮らした幼い頃のことはうろ覚えだし、雑誌社で夜遅くまで働く母と二人の生活も、決して朔也にとって幸せな記憶ではない。
 人と違う容姿のせいで小学校ではよくいじめられ、そのうちやり返すようになると今度は乱暴な子供とみなされ、傷つき、深い孤独感を味わった。
 そんな朔也が心の充足を得ることができたのは、祖父との六年間を通してである。
 朔也が中学に上がる時、彼を心配した母親は田舎に住む父親に彼を預けたのだ。
 元教師で頑固で偏屈なところもある祖父は厳しかったが、表裏なく正面から見据える祖父の凛とした態度に、次第に捻くれた朔也の心もうちとけた。
 祖父が亡くなり、母は家も手放したので、帰る家があるわけではないのだが、あの町で過した時間があるからこそ今の自分があるのだと、朔也は思う。
 目を閉じると、藍崎橋の下を流れる川面に降り落ちる雪の情景が浮かぶ。
 真っ白に染まった喜多山を見ながら高校への道を歩いていた。
 つい昨日のことのように朔也の中では色褪せることがない。
 雪まみれになりながら、サッカー部の連中はグラウンドでボールを蹴っていた。
 そう、ここにいる清隆を筆頭に暴れまくっていたバカなやつら。
「なあ、朔也」
「なんだ」
「どうせなら、スキーなんかより、H高のグラウンド行ってサッカーしねぇ?」
 パチ、と朔也は目をあける。
「冬休みだしよ、怪我もしねぇぞ、サッカーなら」
 途端、朔也はゲラゲラ笑い出す。
「何だよ、人がせっかくとっときの提案してんのによ!」
「雪が積もってたらな」
 ひとしきり笑うと、朔也はそう答えた。
 
 

 クリスマスイブの朝はよく晴れていた。
 が、ドアを開けた途端、強い風が吹き込んできて、朔也は思わず身を竦ませる。
「くっそー、……この分だと、あっちは大雪だな」
 ロングコートにマフラーをぐるぐる巻きにし、手袋に雪用のトレッキングシューズと完全防備だ。
 N駅で在来線に乗り換えてから、弁当を平らげたあとは朝早く起きた分、寝ていくことにする。
 毛糸の帽子とメガネ、それだけで割りと人間のイメージは変わるものらしい。
 窓にもたれてガーガー寝ているのが、人気俳優だなどと誰も思わない。
 カメラの前に立つと仕事の緊張感からかタダモノじゃないオーラ、みたいなものが出ているのだそうだ。
 そう言ったのは西本だ。
 俳優川口朔也とただの人川口朔也と両方の朔也を知っている西本は、スイッチを押したように切り替わる、と言う。
 案外、隠れるなら人ごみの方が見つかりにくい、というものだ。
 タダモノじゃない俳優川口朔也から解き放たれると、朔也はひどく無防備な若者に戻る。
 温泉街を過ぎた頃から、窓際から冷んやりした空気が流れてきて、朔也は目を開けた。
 列車の外は横殴りの雪が降っている。
「こういう時だけ予報、大当たりじゃねーかよ」
 頬杖をつきながら、窓の外に目を凝らす。

 


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