「とにかくや、それまでにできれば原稿上げなんのやけど、多部のやつがうるそうて、余計書けへんのんや。捕まったらホテルに缶詰めやとか脅しよって」
「ホテルに缶詰めで原稿が上がればそれに越したことはないのでは?」
「それこそ冗談やないわ。閉所恐怖症でおかしゅうなってまうわ」
良太はわざとらしく溜息をついた。
「それで?」
冷たい視線を向けて良太は促した。
「幸いや、ここは多部のやつに嗅ぎつかれてないし、いざとなったらここにまた来てもええかな、と。工藤さんや良太がおらんでも俺は何にもかまへんし」
「とっくに来てるじゃないですか。いいですよ。鈴木さんがいてくださるし」
千雪はほっとして、「おおきに! オンにきるわ」と言うと、紅茶をゆっくり飲んだ。
「その代わり、ドラマの方、たまには顔を出してくださいよ?」
「ああ、もう、いつでも顔出したる」
「軽いなあ、本気が足りない」
怪訝そうに良太は千雪を見た。
「良太、最近疑り深くなったんちゃう?」
「何せ、千雪さんですからね~」
「それこそ聞き捨てならんで」
千雪はややあってから、「万が一や」と付け加えた。
「万が一、多部がここを突き止めたりここに来たりした時は、知らぬ存ぜぬを通して欲しいね。鈴木さんにもそこ、お願いしといて?」
良太ははあ、と一つため息をついた。
「もう、しょうがないなあ。わかりましたよ」
灯台下暗しとでも言おうか、もともと多部を千雪に紹介したのは工藤で、業界マスコミ関係者、工藤を見れば顔を見るだけでビビるか避けるのが常であるが、十年ほど前に仕事で知り合った多部というは、物怖じもせず工藤に普通に声をかけてきた面白い男、らしい。
最初の工藤と千雪のやり取りから、多部は二人があまり仲がよろしくないと見たようで、今のところはここまではやって来そうにない。
しばしまったりとした時を過ごした千雪は、オフィスを後にするとタクシーで自分の部屋に向かった。
多部には今執筆中なので、連絡しないようにとラインしてある。
実は昼に大学の研究室にまで現れた多部を、トイレから戻ってくる際偶然見かけて、見つからないようにこっそり地下鉄で部屋に帰ってから青山プロまでやってきたのだ。
今日は日本橋の大和屋にいる従姉の小夜子と食事の約束があった。
久々なのでその約束まで多部にぶち壊されてはたまらない。
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