「良太も二十六だからもう結婚を考えていい頃だとか、かおりって子とはどうなったんだとか、俺の背中を追いかけたって将来がないとか、やっぱり沢村のプロジェクトに入れてやればよかったとか、斎藤ジイのたわ言に煽られて愚にもつかないことを頭の中で並べ立ててるんでしょ、どうせ」
ひとみに一気にまくし立てられて工藤はうっと言葉に詰まる。
「斎藤ジイってな……」
ヤギのやろう、ひとみに何を吹き込みやがった、と悪友ののんびり構えたひげ面を思い浮かべながらも、工藤は昔から何故かこの女にだけは心の内を見透かされるのだと半分以上当たっているだけに、余計に腹立たしい。
「ほんとに、往生際が悪いわね、言ったでしょ? 将来も何も決めるのは良太なの。あの子は遮二無二高広の背中を追いかけてるのよ。下駄であろうと人間だろうとインプリンティングされたヒヨコにはそれが親なのよ。高広がドンと構えてないでどうすんのよ!」
工藤はフン、と冷笑する。
「人のことより、自分の将来のことでも考えたらどうだ。大台にのったらあとは速いぞ」
「五十になったって六十になったって、あたしはあたしよ」
「自意識過剰じゃなきゃ、女優なんかやってられないってやつか?」
「うるさいわね!」
「ほら、着いたぞ」
広尾のマンションの前で車を降りたひとみが、ドアを閉める前に工藤を振り返った。
「良太ちゃんと随分会ってないから、そのうち飲みに誘ってよね」
工藤より飲んでおきながらしっかりした足取りで、ひとみはマンションのエントランスの中に消えた。
全く気ばかり強い女だ。
だが、これが落ち込むと自分自身でコントロールがきかなくなり、生まれ育った街にある弦光寺の和尚のもとへ逃げ込んで周りをパニックにさせる。
天の岩戸に隠れた天照大神ではないが、昔は工藤でなければひとみを連れ帰ることができなかった。
工藤が不在の時、一度マネージャーの須永とともに良太が迎えに行ったことがあるが、以来ひとみはまだそこまでの状況に至ったことはとりあえずはない。
互いの弱みも知る仲だからこその長いつき合いだ。
苦笑いを浮かべて工藤は運転手に高輪を告げる。
「ちゃんと食べてくださいよ」
あのバカもだ。
俺の腹具合より、自分のことを忘れてるだろうが。
熱を出しても気づかないでうろついているバカだからな。
間違ってインプリンティングされたこともわからないとしてもヒヨコは可愛いに違いない。
――――ただ、俺に面倒な後ろがなければな。
いや、なかったらどうだというんだ。
座席にもたれ、工藤はしばし目を閉じた。
ドキュメンタリー番組『知床』の編集作業は世の中が風が吹いても晴れていても土砂降りでも続いていた。
仕事から離れればバカをやっているスタッフも上司の下柳に負けずと劣らず仕事にはとことん妥協しない連中である。
普段、物臭そうに歩いている優しげなヤギのような風貌の下柳からして、時たま別人のように眼が血走っている。
時間がある限り、良太もスタジオに詰めているのだが、青山プロダクションにとって年末最大の行事である忘年会は終わっても、あとは仕事納めまでほとんど休みなしでスケジュールが詰まっていた。
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